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-ガク-路地にて⑥

それから数日後。 ガクは翼の自宅に向かう途中、思い出した。 ——私が卒業したら、ガク先生と付き合える可能性ってどれくらいありますか?! ないよ。 申し訳ないけれど。 ガクは心の中でそう答えた後、しかしこれからも講師と生徒として関わる手前、角が立つような断り方はしたくなかった。 相手を傷つけず、けれど期待をもたせないよう、丁重にはっきりとした言葉で示さないと。 ガクはなんと伝えようかと考えながら自転車を走らせるうちに、月島家の前まで到着してしまった。 「先生!こんばんはーっ」 翼が明るく出迎えてくれる。 「まあ、先生!いらっしゃい」 その奥から翼の母も現れた。 普段は家に上がっても自室やキッチンから出てくることはないが、今日はやけににこやかにガクを出迎えてくれた。 「先生。先日受けた模試で、翼が電通大のB判定をもらったんですよ。 今までDとEばかりだったのに、いきなりBまで上がるなんて!」 「本当ですか!おめでとうございます!」 ガクはパッと笑顔になり、翼にも 「おめでとう!良かったな!」 と祝った。 「それもこれも、電通大に主席で入学した先生が指導に当たってくれるお陰です」 「いえ、翼さんの頑張りですよ。 塾にも通って、毎日しっかり学習しているようですし」 ガクがそう言うと、母親はぽかんとした表情を浮かべた。 「は?塾……?」 「もう、先生ってば!他の生徒さんとごっちゃになってませんか!?」 すると間髪を容れず、翼が一際大きな声で言った。 「それより、今この瞬間も時給が発生してるんですから!ねっ?! 早く二階で勉強しましょー! 模試の振り返りもしたいですし!」 「っ、そうだね」 ガクは、どこか異様な空気の漂う中、母親にぺこりと一礼して翼の後について行った。 「——さっきはごめんなさい……っ!」 部屋のドアを閉めると、翼が小声で謝って来た。 「実はカフェで会った時に言った、仙川の塾に通ってるっていうのは嘘なの」 「あ、そうなんだ」 ガクはあっさりと言った。 「ごめんね、お母さんの前で塾ってワード出しちゃって」 「ううん、私が嘘ついたのがいけないので……」 翼はそう言った後、つうと涙を溢した。 ガクが驚いて息を呑むと、翼は頬をぐしぐしと擦りながら、小さな声で話し始めた。 「実はあの時、ゲーセンに行く途中だったんです」 「ゲーセン?」 「推しのぬいのクレーンゲームが入荷したってSNSで見て、どうしても欲しくって」

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