58 / 200
-ガク-路地にて⑥
それから数日後。
ガクは翼の自宅に向かう途中、思い出した。
——私が卒業したら、ガク先生と付き合える可能性ってどれくらいありますか?!
ないよ。
申し訳ないけれど。
ガクは心の中でそう答えた後、しかしこれからも講師と生徒として関わる手前、角が立つような断り方はしたくなかった。
相手を傷つけず、けれど期待をもたせないよう、丁重にはっきりとした言葉で示さないと。
ガクはなんと伝えようかと考えながら自転車を走らせるうちに、月島家の前まで到着してしまった。
「先生!こんばんはーっ」
翼が明るく出迎えてくれる。
「まあ、先生!いらっしゃい」
その奥から翼の母も現れた。
普段は家に上がっても自室やキッチンから出てくることはないが、今日はやけににこやかにガクを出迎えてくれた。
「先生。先日受けた模試で、翼が電通大のB判定をもらったんですよ。
今までDとEばかりだったのに、いきなりBまで上がるなんて!」
「本当ですか!おめでとうございます!」
ガクはパッと笑顔になり、翼にも
「おめでとう!良かったな!」
と祝った。
「それもこれも、電通大に主席で入学した先生が指導に当たってくれるお陰です」
「いえ、翼さんの頑張りですよ。
塾にも通って、毎日しっかり学習しているようですし」
ガクがそう言うと、母親はぽかんとした表情を浮かべた。
「は?塾……?」
「もう、先生ってば!他の生徒さんとごっちゃになってませんか!?」
すると間髪を容れず、翼が一際大きな声で言った。
「それより、今この瞬間も時給が発生してるんですから!ねっ?!
早く二階で勉強しましょー!
模試の振り返りもしたいですし!」
「っ、そうだね」
ガクは、どこか異様な空気の漂う中、母親にぺこりと一礼して翼の後について行った。
「——さっきはごめんなさい……っ!」
部屋のドアを閉めると、翼が小声で謝って来た。
「実はカフェで会った時に言った、仙川の塾に通ってるっていうのは嘘なの」
「あ、そうなんだ」
ガクはあっさりと言った。
「ごめんね、お母さんの前で塾ってワード出しちゃって」
「ううん、私が嘘ついたのがいけないので……」
翼はそう言った後、つうと涙を溢した。
ガクが驚いて息を呑むと、翼は頬をぐしぐしと擦りながら、小さな声で話し始めた。
「実はあの時、ゲーセンに行く途中だったんです」
「ゲーセン?」
「推しのぬいのクレーンゲームが入荷したってSNSで見て、どうしても欲しくって」
ともだちにシェアしよう!

