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-ガク-路地にて⑦

「ぬい?」 「ぬいぐるみ……。 手のひらサイズで、一緒にお出かけしたりして、風景との写真を撮ったりするんです……」 「……ああー」 そういえば、女の子の知り合いでSNSをフォローしてる子達の中にも見かけたなあ。 実在のアイドルだったり、アニメの中のイケメンキャラだったり、あるいは癒し系の動物キャラだったり。 ジャンルは様々だけど、観光地とか、おしゃれなドリンクなんかと一緒に、そのぬいぐるみを写して投稿してたっけ。 なるほど、翼さんもそういう推し活をしたかったわけだ。 「でもママが厳しくて、学校が終わったらまっすぐ帰って来て勉強しろって言われてるんです。 だからゲーセンはもちろん、友達とカラオケとかボウリング行くのも禁止されてて」 「それは辛い……」 俺はお金がないからあまり行けない。 友達やサークルの付き合いで行くことはあるけれど…… 親からやりたいことを制限されるっていうのは、思春期の女の子にはキツいものがあるな。 それも、志望校に合格して欲しいと言う親心なのかもしれないけど…… ガクが同情していると、翼は涙を拭き、意志のこもった目を向けて来た。 「だけど推しって、何をするにも原動力になるじゃないですか。 ヒロトくんのぬいをゲットして、机に飾っておいたら、きっと勉強も捗るなあって思って……」 「ヒロトくん?」 「今ハマってるVtuberです。 TikTokとかでも有名なんですけど」 「ごめん、知らないや……」 「先生とちょっと似てますよ」 「え」 ガクが目を丸めると、翼はスマホの待受画面を見せてきた。 「ほらっ。ヒロトくんは二次元ですけど、なんとなく雰囲気が似てるでしょ?」 「あー……うーん?」 ガクがスマホを覗き込んで唸っていると、翼が続けた。 「だから、ママから電話がかかってくる前にサッと行って、サッとゲットして帰るつもりだったんですけど……。 カフェで先生を見かけて、つい話し込んじゃった」 翼はぺろりとピンクの舌を出し、 「お友達にも、すみませんって伝えておいてください!」 と謝った。 「しかも、結局ヒロトくんは獲れなくて……。 クレーンゲーム、あんまりやったことがないので、仕方ないですけど……」 翼が切なげにため息をつく。 どうやら、よっぽどヒロトのぬいを手に入れられなかったのがショックらしい。 もしそのぬいをゲットできたら、勉強のモチベーションも上がりつつ、 まあ、その——俺のことは眼中から消えて、ヒロトに夢中になってくれるのかも? ガクは、翼が自分にモーションをかけて来たのは、きっとその推しのVtuberと顔立ちが似ている(らしい)ことが理由なのだろうと推測した。 そしてこう提案してみることにした。 「じゃあさ。今度一緒にクレーン挑戦してみる?」 「えっ!?……そんなこと……良いんですか?」 「俺からお母さんに、『自分が受験生だった時は、気分転換にカフェで勉強すると頭がリフレッシュして効率が上がった』とか適当に口添えるからさ」 「まじですか……」 「だからヒロトをゲットして、気持ちを切り替えていこう!」 「ヒロトくんは、ヒロト『くん』までが名前なんです!」 「すんません」

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