60 / 200
-ガク-路地にて⑧
こうして、何の予定も入れていなかったその週の土曜日、ガクは翼と仙川のゲームセンターへ出掛けた。
「じゃあ、私のお小遣いを先生に預けます!」
「おけ。この小銭が最後の一枚になるまでに、ヒロトくんを落とせばいいんだな?」
「小銭がなるべく余ってくれたら、尚良しです!」
「りょーかい。沢山余らせたら、君のお母さんに時給アップの相談よろしく!」
そんな冗談めいた約束を交わし、機械にコインを投入したガク。
「先生っ!もっとアームは右に寄せたほうが良くありません?!」
「それはトラップってもんよ。
ここは敢えての左寄せで……」
「あっ!ぬいの頭のストラップにアームの先が掛かった!」
「ほらごらん」
二人でやいのやいの言いながらも、五回目で『ヒロトくんのぬい』を獲得するのに成功したガク。
「きゃーっ!!先生、ありがとうございます!」
翼はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、何度も礼を言った。
歳下の女の子に感謝されるのは悪い気がしないな、と思いながらも、ふとガクの頭にはイオリの顔が浮かんでいた。
イオリはゲーセン行ったことあるかな?
やっぱ音楽やってるし、太鼓の達人とか、プロジェクトDIVAとか得意なのかな。
想像がつかないけど、ダンスダンスレボリューションでキレッキレの踊りを披露してくれたら、爆笑しちゃうかも。
ガクがそんなことを考えながらニヤついていると、いつのまにか翼がガクの顔を覗き込んでいた。
「——ね、先生!
小銭もめちゃくちゃ余ったことですし、このお金で豪遊なんていかがです?」
「え?」
「カラオケ行きましょ、先生!」
カラオケか……。
ゲーセンは翼さんのモチベーションアップと、ヒロトくんを熱心に推してもらう目論見でやって来たけれど、
この流れで二人でカラオケに行くのは、流石にデートと呼ばれる類になるのではないだろうか。
「あー……。残ったお金は自分のために取っておきなよ。
ヒロトくんの新しいグッズが出るかもしれないし」
「それこそ、自分のために使うんですよ!
先生とカラオケしたいです!!」
「いやあ、でも、さすがに女子高生に奢ってもらうのはね。
先生にもプライドってものがあるのよ。
そして先生は貧乏なので、奢ってあげられるようなお金も持っていないという」
すると翼は、しゅんと首を垂れた。
ストレートの長髪が、さらりと顔周りに落ちる。
「そっかぁ……。
ヒロトくんの持ち歌、練習したかったんだけどなあ……」
「ヒロトくん、楽曲も出してるんだ」
「それにママには普段からカラオケ禁止されてるから、友達とも行けない。
クラスで流行ってる音楽も、どんどん話題に取り残されちゃう……」
「大丈夫だよ、そのうちクラスのみんなも受験の話一色になるから」
「今日パーッと遊べたら、明日からもっともっと勉強に本腰を入れて、次はA判定を目指せるのになあ……」
「……」
ガクは、てこでも動かなそうな翼を前にして、長いこと悩んだ末にこう言った。
「……今日だけ、だよ?」
ともだちにシェアしよう!

