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-ガク-音楽一家④

その後もイオリは、キッチンやバスルームなども見せてくれた。 ランドリールーム、フィットネスルームなるものが一つの部屋として存在することや、 二世帯住宅でもないのにトイレが一階と二階に据え付けられていることなど 自分の常識では考えられない間取りの数々に圧倒されながらも、 とうとう最後にイオリの部屋の前まで来た。 「ここも、何もない部屋ですけど」 そう言ってイオリがドアを開けた先にあったのは、机とベッド、それと本棚が置いてあるのみの、本当にシンプルな自室だった。 ガクは、実家の自室や、現在一人暮らしをしているアパートを思い浮かべてみた。 自分もそんなにモノを持っている方ではないが、好きなRPGのゲームとか、途中まで読んでいた漫画本とか、サークルで借りているラクロスのセットだとか——趣味に分類されるものを何かしら置いている。 実家の方はさらに、憧れのスポーツ選手のポスターだったり、友人に借りたまま返すのを忘れた乙女ゲームだったり、中高時代の参考書なんかもそのまま置いて来ていた。 それに比べ、イオリの部屋はなんと生活感のないものだろう。 ベッドの上もシワ一つないシーツがぴしっと伸びており、本棚には音楽の教本や学校の教材らしき書籍だけが並んでいた。 本当にここで生活している?と聞きたくなるくらいだった。 「……なんていうか、整然としているね」 ガクはそう感想を漏らした。 「ベッドとか、ちゃんとシーツも毛布も整えてて偉いな。 俺、いつも起きたらそのままにして学校行ってるからさー」 「もう習慣になっているので、偉いかと言われるとピンと来ないですね……。 ベッドメイキングをきちんとしないと、スマホの没収と外出禁止令が出るので」 イオリの言葉に、ガクはずきりと胸が痛んだ。 バイオリンの練習だけでなく、ベッドメイキングも義務付けられているのか。 いや、躾としてそれを教えるのは決して悪くないことだし、きちんとした暮らしは俺も見習うべきことではあるのだけど…… それを守らなかった時に、人と連絡を取り合う手段と、外で自由に過ごせる時間を取り上げられてしまうのは、成人した男子にはあまりに酷じゃないか。 「なあ、イオリ……。 人の家庭に、こんなこと言うのもなんだけど……」 ガクは言葉を選びながらも、イオリに訊ねた。 「反抗したりしなかった? その——俺だったら、毎日きっちりベッドを整えて、決まった時間にあの狭い部屋に籠って練習をしなければならないなんて、 ちょっと耐えられそうにないなって思ったんだけど……」 「……」 イオリは何かを考えるように黙りこくった。 「ごめんな、他所の家の人間が口を出すことじゃないよな! ……ただ、ちょーっとイオリのご両親、子に対する束縛強めなのかなあって思ってさ」 「……」 「あ、でも口喧嘩が好きじゃないとか、イオリが好んでそのルーティーンをやってるんなら、余計なお世話かもだけど!」 ガクが慌てて言葉を足し続けていると、イオリは不意に、自分のシャツの裾に手を掛けた。 ガクの目の前に、徐に白い肌が浮かび上がる。 突然シャツを捲り上げたイオリに驚愕しつつ、しかし視線はしっかりイオリの身体に向けると—— 「反抗、しますよ。 でも——反抗するたびに、『これ』が増えていくので、最近は反抗するのにも疲れて来ました」

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