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-ガク-音楽一家⑥

「んっ……!」 イオリから、無意識のうちに声が漏れた。 「な……何して——」 イオリがそう言う間にも、ガクは痣の辺りに唇を這わせた。 「あっ……」 イオリの身体ががくがくと震える。 その間にもガクが無言で腹に口付けていると、とうとうイオリが強引にシャツを降ろし、ガクの顔は強制的に剥がされた。 「何、するんですか……!いきなり……」 「ごめん。——って、触れる前に言ったからセーフだよな?」 「セーフじゃない!全然……」 イオリは珍しく声を張り上げた。 「僕の心が、まだ追いついていなかったのに……っ!」 「……イオリの腹を見たら、どうしようもない衝動に駆られたんだ」 ガクはしおらしい声で言った。 「その——身体中にある傷のことは、なんて言葉をかけるのが正解か分からない。 イオリにしか分からない痛みや辛さに共感してあげることもできなければ、 イオリの経験して来たことを悲しんだり、ご両親に対して怒りの感情を持つことも、 外部の人間である俺がどうこう言っていいものなのか分からない。 でも……その痕だけは、俺が——律人が前世で付けたものだから……」 「前世?……僕が秋庭弓弦だった頃の話ですか?」 イオリがぽかんと口を開けると、ガクはこくりと頷いた。 「弓弦のその場所に、律人も付けたんだよ。 でも、それは弓弦に傷をつけるためじゃなくて—— 時が流れてから再会した時にも、弓弦が弓弦だってわかるように……って。 上手く言えないけど——愛情を込めてつけたつもりだった」 ガクが言うと、イオリはもう一度シャツを捲り上げた。 自分の腹部を見つめながら、 「これが……?」 と呟き、痕に指先で触れる。 「それを見たら、……止まらなくなった。 すぐにでもその場所に触れたい、って思っちゃったんだ」 そしてガクはがばりと頭を下げた。 「いきなり触って、ほんっとごめん。 でも——これ以上のことはしないから、嫌いにならないで欲しい。 キスも……ちゃんとロマンチックな時と場所でするから……」 ガクが頭を下げ続けていると、イオリはしゃがみ込み、ガクと同じ目線に顔を近づけた。 「……そうですね。 キスは……もう少し、心の準備をさせてください。 でも——『ここ』だったら……触れてもいいですよ」

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