71 / 200

-ガク-軟禁①

夏休みに入った。 ガクはイオリと一晩過ごした夜を何度も思い返しながらも、一抹の不安を覚えていた。 イオリと連絡がつかない。 あれだけ語り合い、触れることを許してくれたのだ。 嫌われたとは思わない。 そんなにすぐに飽きられたとも思えない。 考えられるのは、またイオリがスマホを没収されたという可能性だった。 『こっちは夏休みに入ったよ。芸大もそろそろ?』 『日帰りで行ける近場を旅行しない?』 『30分でも会って話せない?』 『電話でもいい。声が聴きたい』 それらのメッセージは、いつまで経っても既読がつかなかった。 当然、電話をかけても応答することはなかった。 イオリがスマホを取られているなら、イオリからの連絡手段はない。 それにイオリは俺のアパートの場所を知らないけど、俺はイオリの自宅の場所を知っている。 かくなる上は—— イオリと連絡が取れないまま、二週間が過ぎた頃。 ガクは最終電車に乗り込むと、清澄白河で降りた。 イオリと歩いた道を通り、やがてあの豪邸の前に辿り着く。 時刻は間もなく一時を指し示す。 家の窓から、明かりは見えない。 ガクは慎重に、イオリの部屋の窓を探した。 イオリの自室は一階にあった。 玄関から入った時の位置関係や、部屋の窓から見えた景色などを思い出しながら、 足音を殺して慎重に一つ一つの窓を見ていく。 ——これ、誰かに見つかったら、お金持ちの家を狙う強盗としか思われないよな。 ガクは、家の中の人にも外の人にも見つからないよう細心の注意を払いながら、やがてイオリの自室にあたる窓を探し当てた。 カーテンがかかっており、中の様子は見えないが、確かにイオリの部屋のカーテンと同じデザインだ。 薄暗い闇の中でもそれを確信できたガクは、コンコン、と小さく窓を叩いた。 ——反応はない。 もう寝ているかもしれないな、と思いつつ、時間を空けて再び窓を叩く。 しかし、やはり反応はなかった。 もう寝ちゃっているかな? ガクは諦めようかとも思ったが、終電が終わっている時間帯のため、どのみち清澄白河で夜を明かさなければならない。 ダメ元で、それからも数分おきに窓を叩いた。 両親の寝室は2階で、イオリの部屋から反対側に位置するため、おそらくそこまでは聞こえない音だろう。 けれど聞こえないように抑えた音であるため、イオリがぐっすり寝ているとすれば、その程度の音で目覚めるとも思えない。 ——やっぱ、諦めるか。 ガクはマップアプリで、近くに漫画喫茶があるか調べた。 少し歩いた隣町、門前仲町まで出れば、深夜までやっている漫喫やカラオケがいくつかあるらしい。 しかし深夜料金が乗っており、決して安くはなかった。 ガクはそれから、大きな公園が近くにあるのを見つけた。 木場公園。 エリア内に現代美術館も有する、巨大な公園。 仕方ない、夏だし外で寝ても死にはしないだろ。 ガクは腹を括り、公演のベンチで夜を明かすつもりで腰を上げた。 その前に、最後にもう一度だけ窓を叩いてみようかと窓に触れると、ガタ、と小さく窓が揺れた。 「——え」 鍵、空いてる……!!

ともだちにシェアしよう!