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-ガク-軟禁③
何も置かれていない、全面真っ白な狭い部屋。
息苦しくなりそうなほど熱の籠った小部屋の中で、イオリはバイオリンを手にしていた。
扉が開き、ガクと目が合った瞬間、弓のストロークが止まる。
「……っ」
イオリは驚きのあまり、言葉を失っていた。
長い沈黙が、その場の空気を支配する。
「……お邪魔します……」
やっとのことで、ガクは囁き声で言うと、そろそろと防音の扉を内側から閉めた。
二人の人間が中に入ると、いよいよ自由に身動きが取れなくなるような狭さ。
そしてガクの目と鼻の先に、イオリがいる。
「な……ん……」
イオリは、未だに信じられないような面持ちで唇を震わせていた。
「——会いに来た……」
ガクはそう言うと、苦笑いを浮かべて見せた。
「連絡、全然取れないから……。
スマホ没収されてるのかなと思って……」
「……は、い……」
「だから……イオリと話すには、直接会いに来るほかないと思って……それで、来た」
「……」
イオリは黙ってバイオリンを降ろすと、静かにケースの中へしまった。
「……こんな時間まで練習していたんだ」
ガクが言うと、イオリは小さく頷いた。
「大学が夏休みに入ったので、深夜三時まではここで練習するよう言われていて」
「深夜三時って」
ガクがスマホを見ると、時刻は2:30を指していた。
「で、ガクに練習させといて、ご両親は寝てるわけ?」
「いや、起きてます」
「え」
「練習が終わったら、両親の部屋まで報告に行くのが決まりなんです。
今日もあと30分したら、二階へ行くつもりでした」
「……二階まで行かなくて良かったわ……」
ガクは冷や汗を流しながら言った。
「ガクさんはどうやってここまで……?」
「普通に電車で。
ガクの部屋の窓を叩いたりして暫く様子見てたんだけど、一向に反応がないからさ。
もう寝ちゃってるかなとも思ったけど、なんと窓の鍵が空いてるじゃありませんか」
「……ああ。夏はエアコンの風だと体調を崩すので、いつも窓を開けて寝てるんです」
「防犯意識、もっと持とうな?」
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