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-ガク-軟禁⑤

狂っている——としか、言いようがなかった。 一体どうしたら、我が子にそこまでの苦しみを与えることができるのか。 ガクは込み上げてくる怒りを抑えようと何度も試みたが、イオリが話を終えた時、耐えきれず口を開いた。 「……あり得ないだろ。 何の権利があって、イオリをここまで縛れるんだよ……!」 イオリは俯いたまま、こんなことを言った。 「僕の名前——伊織と名付けたのは、父ですが……。 イオリという音が、バイオリンの中に入ってるでしょう? ——僕は生まれた時からバイオリンの中に閉じ込められていて、外には出られない。 僕が将来バイオリニストになることを運命づけるために、そう名付けたのだと」 「そんな運命からは、俺が引っ張り出してやるよ!!」 ガクはイオリの腕を掴んだ。 「イオリ、家を出よう。 こんな場所に居たら、イオリはどんどん弱ってしまう。 身体だけじゃなく、心も—— 俺、イオリがこれ以上弱っていくのは見てられない」 するとイオリは力無くかぶりを振った。 「無理だよ。 未だ学生の身で、バイオリンしか芸のない僕が、自分の生活を支えられるとは思わない」 「そんなの、俺が……っ! 俺が、どうにかして養うから……ッ!!」 「ガクさんは自分の生計を立てることに集中してください。 ——好きな人の足枷には、なりたくないです」 「枷?——自分のことをそんな風に言うなよ!」 ガクはいつの間にか目に涙を溜めていた。 「でも、もしイオリが足枷になるかもって本気で思ってるなら—— 俺は足枷が増えることは大歓迎だよ! 背負うものがある方が、もっと頑張れるんだから!」 「ガクさん」 イオリは長い睫毛を揺らし、小さく呼吸した。 「ガクさんが僕を心配して、思い遣ってくれる気持ち——嬉しいです。 僕、確かに不自由な暮らしをしているとは思います。 けれど過去のどの日々より、今が一番良く思える。 ガクさんと出会えてからの、今が一番、幸せだって思える」 「これからもっと幸せにするよ」 ガクは一度大きく深呼吸すると、イオリと向かい合って言った。 「……ロマンチックな場所でもシチュエーションでもないけども。 今——ここでキスしたい」

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