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-ガク-夏の逃避行⑦
「——ほんとにベッドお借りして良かったんですか?」
カレーを食べ終え、テレビのバラエティを適当に見た後、ガクはシャワーを浴び、イオリも歯磨きをして寝る支度を整えた。
「いいよ!ベッド狭いし、二人じゃ使えないから」
それに、すぐ横にイオリの身体があったら、つい手を出してしまわないか心配だから。
自制心を利かせられなくなるのが怖い。
「でも、昨日もガクさんを床に寝かせてしまったし……。
身体、痛みません?」
「へーきへーき!去年の夏休みはリゾバやってたんだけど、そこでうっすい敷布団で寝る生活を一ヶ月送って、それからは固い床でも速攻で寝れるようになったから」
「リゾバ……?」
「リゾートバイト。観光地とかにあるホテルや旅館で、住み込みで働いたりする短期バイトだよ」
「そういうのもやっていたんですね」
「そそ。床が固いのはまだ耐えれたんだけどさあ、問題は共同部屋だったから、アレの処理がね……」
ガクは言いかけて、はっと口をつぐんだ。
「アレ……?」
「あ、いや……」
ガクは冷や汗を流しながら、探るように言った。
「下ネタとか言って平気……?」
「……どうぞ」
「じゃ、まあ、その。
夜中寝てると聞こえてくるわけ。
隣の布団から、そーゆーガサゴソ音が。
まあ同じ男としては分かるからさ、こっちは寝たふりし続けるんだけど。
そっちの方が地味にストレスだったなあって」
ガクはそんな話をしているうちに、今もまさにこの問題に直面していることに気がついた。
いや、アレはトイレとか風呂場で済ませられるっちゃ済ませられるけども。
時間かけるとイオリに気付かれそうだしなあ。
スッキリして出て来た時に顔を合わせるの、すっごい気まずいな。
ガクがどうしたものかと考えていると、イオリは納得したようにこう言った。
「なるほど。こういうのが猥談というやつですか」
「ワイ……!?
——うん、まあ、そだね」
「じゃあ僕も寝ている時、隣でガクさんから床ずれの音が聞こえて来たら、寝たふりをしておきますね」
「……ああ、うん……。ありがとう……?」
イオリから、一人でしてくれと突き放された気がしたガクは、しょんぼりと布団にくるまった。
もちろん、イオリとキス以上の関係を持つまで、きちんと時間をかけるつもりではいた。
それにイオリの真横で処理するつもりも毛頭ないため、その点イオリに気を遣わせることはないだろうとも思った。
だが、イオリを抱きしめた時の感触や、昨晩防音室で口付けた感触が忘れられず、いつも以上に欲求が募っているのも事実だった。
……変なことを考え出す前に寝てしまおう!
——そうして眠りにつこうとしたものの、いつもより遅くに起きたせいか、ガクは全然眠れなかった。
ガクがめくるめく妄想を悶々と考え込んでいると、隣から静かな寝息が聞こえて来た。
ああ、イオリはちゃんと眠れているみたいで良かった。
ガクがほっとしていると、ベッドの方からぼそぼそと声が聞こえて来た。
「……さい……」
「ん?」
「ごめ……なさ……」
「イオリ?」
ガクがのそのそと身体を起こすと、イオリは目を閉じて眠っていた。
だが夢を見ているのだろうか、先程から誰かと会話をしているかのように口元が動いていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……
練習から逃げてごめんなさい。
寝坊してごめんなさい。
帰る連絡が遅れてごめんなさい……
先生の前で音を間違えてごめんなさい。
——痛ッ……
……助け……おばあ——」
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