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-ガク-夏の逃避行⑧
それは異常なほどに謝っている声。
寝言なのは分かる。
自分に向けて言っているのではないことを、ガクはすぐに理解した。
夢の中で、両親に謝っている……のか……?
それから今、誰かに助けを求めていた?
『おばあちゃん』——そう言おうとしていた……?
ガクが考えていたとき、イオリが再び寝言を口走った。
「友達を……家に入れて……ごめんなさい……」
ガクの胸がずきりと痛む。
この間、自分が泊まり込んだ日の、その後の出来事だろうか。
俺のせいでイオリはあんな軟禁生活を強いられてしまったんだ。
俺のせいで——
途端に、ガクの中で前世の記憶がフラッシュバックする。
軍服を剥かれ、仄暗い森の道端に、ゴミのように捨てられていた弓弦の死体。
身体中に傷を付けられ、体液を擦り付けられ、綺麗な顔は血と泥で汚れていた。
あんな最期を迎えさせてしまったのは自分のせいだ。
自分が——律人が、森の中で弓弦を抱いたせいで。
決して同意なき行為ではなかったのに、弓弦だけが裁かれ、罰を与えられた。
理不尽がまかり通っていた異常さと、その理不尽の原因を作った自分。
どちらも許せなかった。
——今のイオリは、あの時の弓弦みたいだ。
恐怖と痛みに一人で耐えて、耐えて、耐え続けてきたんだ——
ガクはベッドの端に身体を乗せると、悪夢にうなされるイオリを守るかのように、背中からぎゅっと抱き締めた。
「……ん……」
まもなくして、イオリの身体の強張りが解けていった。
寝言は自然に消え、表情も穏やかなものへと変化したのを見届けたガクは、
ひょんな気持ちが起こる前に、再び床に敷いた布団の方へ戻ろうとした。
「……ガク……さん……」
するとベッドの方から、イオリのか細い声が呼び止めて来た。
「……イオリ?起こしちゃった?」
「……隣……。
隣で、寝てくれませんか……?」
「いいの?」
「……夢を見て……」
イオリは、少し寝ぼけた調子で続けた。
「なにか、怖い夢を見ていたら……
ガクさんが来てくれた気がして……
怖くなくなったから——」
「……ひょんな気が起きても、大目に見てくれる?」
ガクはそう言うと、身体を起こし、イオリの布団の中に入っていった。
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