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-ガク-夏の逃避行⑮

ガクは消化不良感があったが、着いてしまったものは仕方ないと、ともかく学習スペースへ入室した。 幸い、自分たち以外に学生はいなかったため、お喋りし放題の空間となっていた。 「んじゃー『星空が綺麗な町』で検索っと。 ——お?」 ガクは検索のトップに、長野県阿智村という情報が出てきたのを目にした。 「おすすめ長野だってさ」 「長野の阿智村が、綺麗な星空を観れるんですか?」 「って書いてある。ほら、見てみなよ」 ガクは、阿智村の紹介ページに載っている星空の画像を見せた。 「わ……」 イオリが小さく息を呑む。 「すごい。東京の空と全然違う……」 「ここにしちゃう?」 「即決ですか」 「まあ星空観るならどのみち一泊することになるじゃん。 長野なら新幹線で一時間、車でも5、6時間見とけばいいんじゃない?」 「車……。ガク、車運転できますか?」 「免許持ってないんだよな〜、自車校通う金がなくって。イオリは?」 「僕は免許は取りましたが、ペーパーです……」 「まあ23区住みなら車なくても充分暮らせるもんな。 ——あ、これ見てみ」 ガクは会話する間にも次々とネットサーフィンし、一つの旅行サイトにたどり着いた。 「阿智村行きのバスツアーとかあるよ。 これなら新幹線より移動費が安いし、しかもホテル付きだってさ!」 「パッケージになってるんですね」 「ホテルと別々に探すのも面倒だし、もうこのツアーにしちゃわない?」 「判断が早いですよね、ほんと」 「イオリと遠出したくてうずうずしてるもん。 ぶっちゃけ行き先はそんなにこだわりない」 「まあ、僕も星空が見れること以外、こだわりはないですけど……」 「はい、じゃ申し込みまーす!」 ガクはその場で申し込みのページへ進んだ。 「あ、ツアー料金、大丈夫そ?」 「カードが生きている今なら金額は問題ないです。ガクは大丈夫なんですか?」 「だいじょーぶ。っていうか、働いて貯めたお金はこういう楽しみのために使うもんだよな!」 イオリのカードで申し込み、ガクは自宅に置いている現金で半分の額を渡すということで話がまとまり、二人はサクッと図書館を後にした。 「一番レートが安い催行日、ちょうど二日間バイトが何もない日で良かったー! 少し開くけど、夏休みが終わる前に行けそうだし」 「僕も、まさかこんなトントン拍子で旅行の予定が立てられるものだとは思ってもみませんでした」 「旅行楽しみだな!」 「はい」 二人が歩いていると、対面の方からガクのよく知る人物が歩いてきた。 「あれっ!ガクじゃ〜ん!!」 「駿!おつかれー」 いつもつるんでいる仲間の一人、駿。 海外留学へ行った悠真や、リゾートバイトで荒稼ぎしている翔太と違い、半同棲の彼女と自宅でダラダラ過ごす予定だと聞いていたため、キャンパスで会ったことにも特に驚きはなかった。 「夏休み楽しんでる?」 ガクが聞くと、駿はにやりと笑いながら言った。 「楽しいなんてもんじゃないよ。 俺ついに、この夏で自己最高記録を叩き出したんだわ」 「最高記録?」 「彼女と一日で何回ヤれるか選手権!」 「なんつー選手権だよ」 「いやね?過去土日にも開催されたことのあるこの選手権、次の日バイトだとかサークルだとか考えると夜中までは挑めなかったんだけども。 次の日に何の予定もない夏休みは、時間に縛られず無限に勃たせられるもんだな!」 外で話すには憚られるような下ネタを、いつもの軽いノリで元気に話す駿。 「まあお陰で今、太ももの筋肉痛やべーけど。 ガクも彼女と選手権開く時は気をつけろよな!」 「いや、開かねえよ。てか、彼女もいないし」 そう言って軽く流そうとしたガクだったが、駿は思わぬ食いつきを見せた。 「え?ガク、翼ちゃんと良い感じじゃなかったっけ?」 「はぁ?」 ガクがぽかんとすると、駿は「だってさ」と続けた。 「ちょっと前だけど、翼ちゃんとデートしたんだろ? ゲーセン行って、それからカラオケにも行ったって! 翼ちゃんからも楽しかったってメッセもらったし、二人が仲良くお店入ってくところも悠真が見かけたって言ってたよ?!」 ガクは咄嗟に、それまで空気のように無言を貫いていたイオリの方を見た。 イオリは無表情のまま、唇を引き結んでいた。

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