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-ガク-逃避行の終わり①

ツアーバスが新宿駅前に到着した。 「一泊ってあっという間だよなー」 「でも楽しかった」 自然と敬語の取れたイオリの言葉遣いに、ガクが目を細める。 「だな!今度は空、晴れてるといいな」 「うん。また阿智村行こう」 二人がそんな会話をしながらバスを降りようとすると、イオリは降車ドアの前でピタリと動きを止めた。 「イオリー?後ろがつかえちゃうから、そこで止まると——」 ガクがそう言って後ろからイオリの肩に手を乗せると、イオリはガクの手を引いた。 「——逃げて、一緒に」 「え?——あッ」 イオリはガクの手を繋ぎなら、勢いよく駅の方へ駆け出した。 「待っ、イオリ、どうし——」 わけが分からず、ガクが声を掛けようとした時。 「止まりなさい、伊織」 背後から低い声が響く。 その瞬間、イオリの身体に電流が走ったようにビクッと震え、イオリの足が止まる。 ガクが振り向くと、そこには数ヶ月前に一度見たことのある男の顔と、その隣に立つ見知らぬ顔の女がいた。 「こちらへ来なさい」 男が告げると、繋いだイオリの手から震えが伝わってきた。 「……ッ」 イオリの呼吸が乱れている。 ガクはそれを見て、咄嗟に口を開いた。 「——イオリのお父さんとお母さん……ですよね」 「あなたね。うちの息子を連れ回していたのは」 女——イオリの母親が、腕を組みながら睨み付けてきた。 「君は……私の母の告別式にも乱入してきた—— まったく、傍迷惑な人間だな」 父親の方も、両手を腰に当て、呆れを滲ませたような表情を浮かべている。 「伊織。帰わよ」 母親がイオリに言うも、イオリは身体を震わせたまま、ガクの手を離そうとはしなかった。 ガクはイオリの手をぎゅっと握り締めると、二人と向かい合った。 「どうしてあなた方がここに? 自分の子に発信機でも付けていたんですか」 問いかけると、父親がスマホを取り出し、ある画面をこちらに向けてきた。 「——クレジットカードの利用記録。 ここに『一泊二日・阿智村バスツアー』二名分の旅行の決済をしたログがある。 ツアーの発着場と解散時刻をネットで調べ、この場所に息子が来ることは簡単に予測ができた」

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