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-ガク-逃避行の終わり②
ガクは顔を歪め、唇を噛んだ。
家を出た後も普通にクレジットカードが使えていたのは、このためか!
カードの決済履歴を、クレジット会社のサイトのマイページから随時確認していたんだ。
ガクはキャッシュカードしか作っておらず、普段の買い物は専ら現金を使っていたため、この可能性に至らなかった。
イオリも恐らく、自分の利用履歴を見れる場所があるということ自体を把握していなかったのではないだろうか。
イオリの母親が腕を組んだまま、ガクを見て言った。
「その前にも、何度か調布市内のスーパーで決済をした履歴があるわ。
——この辺りに家があるのね、誘拐犯さん」
「誘拐犯……?」
ガクは頭にカッと血が昇るのを感じた。
人に対してこれほどの怒りを覚えたのは、生まれて初めてだった。
「あんたらがイオリを閉じ込めてたんだろ!?
イオリの自由を奪って、バイオリン漬けの生活を送らせて——
それだけじゃない、息子の身体にもあんな酷い傷を負わせて!
親がすることじゃない!!」
ガクが叫んだため、新宿の道行く人達が何事かとこちらへ振り向いてくる。
中にはスマホを向けて来る若者もいたが、イオリの父親がじろりと睨むと、若者はヒッと小さな悲鳴をあげてスマホを降ろした。
「——そういう君はどうなんだ」
父親はガクに向かって言った。
「イオリは私達夫婦の宝だ。
我が家から宝物を盗んで行った君は窃盗犯とも言えるんじゃないか」
「イオリはモノじゃないッ!!」
ガクは強気で言い返した。
「イオリは成人した大人だ。
自分で選択して、自分で責任を負うことができる。
あんたらの庇護下に置かれて、あんたらに監視されながら暮らす必要なんかない!」
「それでは君は伊織の人生に責任を取れるのか?」
父親は、繋がれた二人の手を一瞥した後、ガクの顔に向き直った。
「見たところ、君もまだ学生だろう。
自分だけで生活を成り立たせることもできない身分で、伊織にどう責任を取れる?」
「っそんなの——バイトを増やして、卒業したら就職して金を稼いで……」
「いくら養う覚悟があったとしても、所詮は他人でしょう?」
すると母親が嘲笑うように言った。
「あなた達がいくら互いを思ったとしても、夫婦になることはできない。
あなた達はどこまでいっても他人同士でしかないの。
伊織もあなたも、将来を見越した行動もできないで何が『大人』なのかしらね」
「……ッ!」
ガクは奥歯を噛み締めた。
結婚できなかったら『他人同士』でしかないのか?
人と人の繋がりを、その角度からしか見れないほうが思慮の浅い子どもじゃないのか。
「……確かに自分一人の生活もままならない今、イオリを養う甲斐性があるとは言い切れないかもしれない」
だけど就活だって、就職してからだって、イオリを幸せにするためならば全力で向き合う覚悟がある。
「だけど——イオリがこれ以上嫌なことや辛いことを経験しなくて良いよう、俺がイオリの分まで苦労を引き受ける覚悟ならある」
ガクはそう言うと、震えたまま立ちすくむイオリに視線を向けた。
「大丈夫だよイオリ。俺と一緒に進もう」
「……僕……」
イオリが口を開きかけた時。
「——電気通信大学二年生。やはり君も大学生か」
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