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-ガク-逃避行の終わり⑤
——それからのことは、まるで映画館を観ているような、どこか現実とは思えない時が流れていった。
イオリが自らの意思で、自らの足で両親の元へ歩いていく姿。
必死に追いかけ、イオリの父親の腕を掴むも、冷たい目がガクを睨みつける。
「バイオリニストの腕に怪我を負わせたら、わかるな?
一回の公演のキャンセルによる損失だけでも、君のお父さんすら払えない額になるぞ」
その言葉に悔しくも怯んでしまい、手を離すガク。
イオリは母親に背中を押され、後ろは振り返らずに送迎車へ乗るよう促されていた。
イオリは黙ってそれに従い、外車の後部座席へ乗り込む。
ガクがいくら呼び掛けても、イオリが答えることはなかった。
ガクはようやく理解した。
金の力で出来ることが、自分の想像もしていなかった物事にまで及ぶこと。
自分には到底予測できなかった方法で場所を調べ上げ、思いもしなかった個人情報まで握られていたこと。
そしてあれだけ実家での暮らしに限界を感じていたイオリが、自らの判断で家に戻ることを選ぶほど、両親の財力と権力の恐ろしさを理解しているということ——
また地獄のような日々に戻るとわかっていても。
ガクと離れ離れの日々が待っているとわかっていても。
それでも好きな人を自分の家庭の事情に巻き込みたくないというイオリの優しさが、
結果ガクにできることの限界を示したのだった。
「——くそぉ……ッ!」
ガクは人目も憚らず、その場に崩れ落ちた。
イオリの乗った車が遠ざかっていく。
一人残されたガクは、四つん這いになって両手を地面に叩きつけた。
無力な自分に、只々腹がたった。
迂闊にイオリと外へ出たりカードを使わせたりせず、もしもの可能性に備えていれば。
しっかりとした稼ぎがあり、これから先の暮らしに何の不安も感じる必要がないと言い切ることができれば。
がんばる、では駄目だった。
言葉だけでは、イオリを止めることができなかった。
自分はどうしてこうも無力なのだろう。
自分はどうしてまだ『子ども』で、人一人を支えられるだけの余裕を持てないのか。
何もかもが悔しくて、やるせなくて、只々悲しかった。
イオリと迎えた朝が、もうずっと遠くの日のように思えてくる。
自分の腕の中で、あどけない表情で眠っていたイオリ。
安心し切った、幸せそうな顔を惜しげなく見せてくれた、穏やかな朝——
それはもう過去になり、そして訪れることのない未来だということに、ガクは打ちひしがれた。
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