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-ガク-5年後①
社会に出てから、一年と二ヶ月。
ガクは度なしのブルーライトカット眼鏡を外すと、瞳に目薬を差した。
大学院を出た後、大手総合電気メーカーに専門職採用で入社したガクは、社の花形となる製品の開発部門に配属された。
人当たりが良いガクは、研究開発に没頭するだけではなくコミュニケーションも重視し、順調に社内でのコネクションを築いていた。
大学と院を優秀な成績で卒業したガクは、就職先でも一年目から頭角を表した。
同期同士での飲み会では、一番の出世頭になるだろうと持て囃された。
だが、どれだけ仕事で良い成果を収めても、上司や関連部門からの評判が良くても、新卒とは思えないような給与が振り込まれても——
ガクの心が満ち足りることはなかった。
「えーっ!五年もフリーってホント!?」
社内では、ガクが暫く恋人を作っていないことに疑問の声が上がることはしょっちゅうだった。
「なんでも昔付き合った人のことが忘れられないんだって、飲み会で大分酔ってる時に話してたらしいよ」
「そうなんだ。五年も引きずるなんて、よっぽど素敵な彼女さんと付き合ってたんだね……」
そんな噂話が流れる一方、ガクがフリーだという情報を気きつけた女子社員や、関連会社の女性たちからアプローチを受けることも少なくなかった。
大学時代に読者モデルをやっていた、だの
元ミスキャンパスだの、容姿が優れた女性もいれば
仕事で忙しいガクを癒してあげられる存在になりたい、と手作りのお菓子を差し入れる女性、
職場の飲み会になぜか他部門ながら参加している女性など、
数々のアプローチを交わし続けるガクに流れた噂は『実はゲイなんじゃないか?』というものだった。
ガクはその噂を肯定することもなければ否定もしなかったため、その説は次第に濃厚になっていった。
とはいえ今は多様性の時代、普段オープンにしていないだけでそういった人は世の中沢山いるからと、それが理由でガクを避けるような人はいなかった。
イオリと引き離されてから五年。
25歳になったガクは、恋愛を自ら遠ざけて生きていた。
そんな日々を送っていたガクの元に、あるときこんな話が飛び込んできた。
「——それで、運良くチケットを二枚手に入れて。
もし良かったら、一緒に行きませんか?
ガク先輩、クラシックも嗜まれていると聞いたので、このコンサートにももしかしたら興味持ってくれるんじゃないかなあって」
ガクは、何度か会社の飲み会で一緒になったことがある新入社員——つまりは一つ下の代で入ってきた女性社員からデートの誘いを受けていた。
いつものように、相手を気遣いつつ断るテンプレを口にしようとした時、彼女の持っていたビラにふと視線が釘付けになった。
『若き天才バイオリニスト・雪宮伊織と、
その妻で美人声楽家・雪宮麗華による
初の夫婦共演コンサート。
観客すべてを特別な夜にご招待します』
そんなアオリの入ったビラの中央では、
バイオリンを構えるイオリの姿があった——
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