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-ガク-5年後⑤
イオリ!!
そう叫びたくなる衝動を必死で堪える。
イオリは麗華の隣の位置まで来ると、静かにバイオリンを鎖骨の上に乗せた。
流れてきた音色は、五年前に聴いた音よりもさらに洗練されていた。
隙のない、完璧な演奏。
一本のバイオリンとは思えないほど多彩で、圧倒的な存在感。
その美しい旋律に重なるように、美しい歌声が乗る。
雪宮伊織と雪宮麗華による、夫婦の共演。
それは他を寄せ付けないほど華やかで、繊細で、圧倒的な演奏だった。
ガクは瞳から自然と涙が溢れた。
ずっと思い焦がれた、ずっと会いたかった相手が目の前にいる。
ずっと聴きたかったあの音色をまた奏でてくれている。
こんなに幸せで嬉しいことはないはずなのに。
イオリが演奏する隣には、その演奏に合わせて軽やかに歌い上げる女性の姿がある。
——結婚してしまった相手を追いかけて、家庭を壊すような真似は、自分にはできない。
それはイオリだけでなく、妻の麗華さんの人生まで壊してしまう行為だ。
ガクはそう、自分の内側と何度も対話した。
イオリを求めれば、悲しむ人ができる。
そもそもイオリはもう、俺のことなんか忘れてしまっているかもしれない。
今はもう、新妻との幸せな家庭を築いている最中だろう。
もしかしたら、そのうち子どもも産まれて、
育児にも追われるようになって——
やがて……バイオリンばかりだった人生に、妻と子というかけがえのない宝物が増えて、良い人生を送れていると思うのだろうか。
バイオリンを続けさせてくれた両親に、感謝の心が芽生えたりするのだろうか。
そんなのは、もう——
俺の知るイオリじゃない……
演奏はその後もつつがなく進んでいく。
やがてプログラムも終わりに差し掛かった頃、雪宮麗華がマイクを手にした。
「本日は私達夫婦のコンサートにご来場くださり、誠にありがとうございます。
今日この公演が実現したのは、私と夫、両家の家族の支援もあってのことです。
まずは私の大切な家族たちに、お礼を申し上げます——」
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