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-ガク-5年後⑦

ガクの瞳から、涙が幾重にも流れ落ちる。 この五年、ほとんど思い返すこともなかった前世の記憶。 秋庭弓弦が戦場で奏でた音楽。 そして告別式会場でイオリが奏でた音楽。 二人を繋ぎ合わせてくれた、特別な楽曲—— 「う……。うぅ……」 ガクには止められなかった。 「ううう〜〜〜」 「ちょ……先輩、大丈夫ですか……!?」 ガクは抑えきれない声を漏らし、麻希があたふたとしながらガクの背中を撫でる。 「うぅ……。う……あぁ」 顔面を涙で濡らし、スーツの袖にシミが広がる。 「あ……ぁ、ひぐ……ッ」 近くに座っていた観客たちも、何事かとガクの方に怪訝な視線を向け始める。 それでも演奏は止まらなかった。 イオリの奏でるバイオリンの音色と、会場に響く、くぐもった泣き声。 周囲がざわつき始める中で、イオリは最後の小節までを弾き終えた。 と同時に、会場中から激しい拍手が湧き起こる。 イオリは一礼した後、近くに麗華が置いて行ったマイクを取った。 「——お聴きくださりありがとうございました。 ……今の曲は、本日演奏する予定のプログラムにはなかった楽曲です。 前半の公演後、休憩の15分間で演奏することを決めました」 会場に小さなざわめきが起こる。 「麗華やスタッフの皆さんに無理を言って、この時間を設けて頂きました。 そして彼女が紹介してくれた通り、アヴェ・マリアは、僕にとって思い出深い曲です。 僕の亡くなった祖母のお気に入りの曲だったこともあって、小さい頃から何度も演奏してきた一曲です。 ……けれどここ五年ほどはこの曲から遠ざかっていたので、指が動くか、正直不安ではありました。 それでも——今日ここで弾きたいと思ったのは、この曲が祖母だけでなく、僕自身にとってかけがえのない音楽にもなっていたからです。 そして今日という特別な夜に奏でたかった音楽だったから——以上です」 イオリがマイクを置くと、上手から再び麗華が現れた。 二人は揃って客席の方へ向き直り、深くお辞儀をした。 辺りに広がる拍手と歓声。 その華々しい雑音の中、二人を舞台の上に残し、幕は降りて行った。 「……せーんぱい。ガク先輩ーっ!」 麻希の声で、再び我に返る。 ガクは真っ赤に腫れた瞼で麻希を見た。 「ひっ」 麻希から小さく悲鳴があがる。 もうこの子から誘われることはないだろうな。 ガクは内心そんなことを思った。 そして、それで別に構わないとも。 「あのー、さっき大丈夫でしたか……? 急に声を上げて泣き出すものですから、周りの人もみんなびっくり——心配してましたよ」 「心配かけてごめんね。びっくりさせたよね」 「とりあえず、具合が悪くなったとかじゃなくて良かったです……。 終電も迫ってますし、私たちもそろそろ出ませんか?」 麻希に促されて辺りを見ると、他の観客たちはとっくにホールを後にしていた。

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