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-ガク-再会⑤
イオリと再び会ったのは、その翌週末のことだった。
妻も恋人の元に出かける日ということで、実家の親元を離れた今のイオリは、比較的週末を自由に過ごせるということだった。
「——調布に来るのも久しぶりだな」
二人は調布駅で待ち合わせ、市内バスに乗り換えた。
「ガクは卒業してから一度も来てなかった?」
隣で吊り革につかまっているイオリがそう尋ねてくる。
「大学時代の友達と集まったときに一度、かな。
去年電通大の大学院を卒業してからは、こっちまで来る用事もなかなかできなくて」
「……今日ここへ来たのは、調布を観光するため、だっけ。
連れて行きたい場所があるって——」
「うん。学生時代は結局行けずじまいだったけど……調布で一、二番を争う観光地と言ったら、深大寺かなあって」
二人が乗っていたのは、その深大寺行きのバスだった。
「まだイオリとの関係が手探りだった頃は、神社仏閣に興味ないって一刀両断されたら終わるな〜と思って、無難に映画に誘ったんだけども」
「そんなに気を遣ってくれてたんだ。
——でも、映画も楽しかったね。
『戦場のメリークリスマス』だよね、観たの」
「そうそう。セリアズとヨノイがお互いを思いながらも、生きて結ばれることのなかった最期が、鮮烈に残ってるよ」
二人の間に、少しの沈黙が生まれる。
「——でも」
その沈黙を破ったのはイオリだった。
「僕たちは——あの二人のような末路は——
僕たちの前世と同じような末路は辿らない、よね?」
「……うん」
ガクは、自分の掴まっている吊り革を握る手に力を込めた。
バスが最寄りの停留所に着くと、二人は爽やかな木陰の続く道を歩いて行った。
「気持ちの良いところだね」
「な。俺も在学中ここに来てさ、都内なのに自然豊かなところが凄い気に入ったんだ。
あの時は『イオリも連れて来たかったな』って思ったけど……
今日、それが叶って良かったよ」
ガクが前を向いて歩きながら言うと、イオリは「うん」と小さく返した。
二人は参拝の列に並ぶと、前の人たちがお参りする間に会話をした。
「ここは厄除けで有名なお寺なんだって」
「へえ。じゃあ、厄が逃げて行きますようにってお願いをするといいのかな?」
「一応もっかい調べてみるか」
ガクはスマホを取り出すと、検索結果の画面を読み上げた。
「厄除け、疫病退散、縁結び、良縁成就にご利益があるとされています——えんむすび?」
ガクがぽかんとすると、イオリはスマホを覗き込んできた。
「本当だ。縁結びと良縁成就のご利益もあるって書いてある」
覗き込んだ拍子に、ガクの首筋にイオリの髪がふわりと当たった。
柔らかく、少しだけウェーブした綺麗な髪。
そこからシャンプーの香りがほんのりと漂ってくる。
ガクはスマホを閉じると、ふとイオリの方を見た。
無意識にイオリの顔を見るのを避けてしまっていたが、明るい陽の下で見るイオリは、昔より大人びた顔立ちをしていた。
「……五年もあれば、変わるか……」
不意に呟くと、イオリの顔が曇る。
ガクが慌てて言葉を探していると、イオリはこんなことを言った。
「神様や仏様が居て、僕たちを見ているとしたら、僕たちが今日会っていることを咎めるかもしれない——って思ったりもした。
でも……神様や仏様が居るなら、五年間離れてしまうこともなかったんじゃないかって思った。
だからやっぱり、存在しないよね、彼ら」
「その五年間が、俺たちに与えられた試練かもしれないじゃん」
ガクが言った。
「だってこうして、イオリと再会できたわけだし。
だから俺、仏様は居るものだと信じて、真剣にお参りするよ。
イオリとの縁がずっと結ばれていますように、って」
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