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-ガク-再会⑥
——参拝を終えた後、二人は名物の蕎麦を食べに近くの蕎麦屋へ並んだ。
「ここ、休日はすっごい混むらしいんだよね。
イオリ、外で待てそう?」
「うん。陽射しも強くないし、ここ、心地良いから」
イオリはそう言って、緑に囲まれた待合椅子に腰掛けた。
「はぁ……涼しい」
イオリは額にほんのりと汗を滴らせながら、気持ち良さそうに目を閉じた。
そのまま唇を塞いでしまえたら、どんなに幸せか。
ガクはそんなことを想像しながら隣に座った。
「家族連れが多いね」
イオリが、同じく順番を待っている周囲が賑やかなのを見渡しながら言う。
「休日だしな。観光地に家族でお出掛けする人達は多いだろうね」
「ガクも子どもの頃、家族と出掛けた?」
「そうだなあ……。遊園地とか、連れてってもらったな。
温泉旅館は親がひたすらダラダラしてるのを退屈に眺めてたけど、今ならわかる。
仕事から解放されて、非日常空間をのんびり過ごしたいって気持ち」
「温泉旅館——そういえば、阿智村で泊まった宿……温泉には入れなかったね」
「それな。普通さ、星空ツアーを売りにしてる観光地なら、夜遅くまでやっててくれてもいいよな?
ツアーバスが戻って来た時間にもう温泉入れないって、団体客への扱いじゃないだろ。
カスタマーサービスがなってないよ」
ガクがぶつぶつと不満を述べると、イオリがくすりと笑った。
「カスタマーサービスって……。五年前のガクなら使わなかった言葉だね」
「会社に入ったら、もっと意味不明な用語を沢山使うようになったよ。
『コンセンサス』とか『アジェンダ』とか、『PDCAを回す』とか。
正直、ちゃんと意味を知らないまま回してるよ、PDCA」
「ふふっ」
イオリがおかしそうに笑った。
その笑顔が幼く見えて、ガクはその身体を抱き締めたい衝動に駆られた。
二人の順番が回って来て、名物の蕎麦を注文する。
ガクが大盛りを注文すると、少食だったはずのイオリも大盛りでオーダーを入れた。
「食えんの?」
運ばれて来たせいろの蕎麦の山を見て、ガクが訊ねると、イオリはこくりと頷いた。
「蕎麦、好きだから」
——また、知らないイオリを見つける。
アパートにイオリを匿っていた頃、使ったことのない料理。
蕎麦は、市販の麺はさして高価なものではない。
ただ、麺類を食べるならばラーメンやパスタの方が良いと思っていたガクは、スーパーで蕎麦を購入していなかった。
今日も深大寺の名物として知られていなければ、別の店に入っていたことだろう。
「蕎麦……好きだったんだ」
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