122 / 200
-ガク-再会⑦
麺を啜っているイオリを見ながら、ガクが呟く。
イオリは顔を上げると、「うん」と答えた。
「蕎麦も好きだし、チャーハンと夏野菜カレーも好きだよ」
「……それ、俺が作ってあげたラインナップじゃん」
「うん。だから好き」
イオリの言葉に、ガクの心臓がとくりと跳ねる。
好き、にかかる対象がチャーハンとカレーだと分かっていても、その理由がガクが作ったからだと告げられ、心にじんわりとしたものが広がっていく。
「そっか。——俺も、イオリの作ってくれたすいとん、好きだよ」
「そういえば作ったね」
「また作って欲しいな」
何気なく発した言葉。
その願望に偽りはなかった。
だが、ふと我にかえる。
「——家に来てもらうのは、さすがに不味い……よな?」
「……」
イオリは少し考えた後、温かい焙じ茶を一口含み、こう話し始めた。
「……前に、東京駅で会ったあと——
麗華に言った。
『好きな人がいる』って」
「!?——奥さんは、なんて?」
「『そう』とだけ。
それで、好きな人と今度出かけて来ても良いかって聞いたら、『ご自由に』って言われた」
「……つまり……」
ガクは少し考えた後、言った。
「奥さんは俺の存在を容認してくれた、ってこと?」
「——そうっぽい」
「……ならさ!」
ガクは期待に胸を膨らませながら言った。
「お互い、他に好きな人がいるならさ——
麗華さんとイオリが別れる……って選択肢は、あるのかな」
ガクが言うと、イオリは悩ましげに、机の上へ視線を落とした。
「それは——まだ分からない。
叶うならば、そうしたいけれど……」
「何か問題があるのか?」
「僕と麗華はお見合い結婚だと話したよね。
元々、家同士が強く望んで成立した縁談だから、僕たち自身のことよりも家族のほうがこの婚姻関係に拘っているところがあって」
「そんなの……!」
ガクは思わず声を大きくした。
「そんなの、大人になった今ならどうとでもなるだろ……?
イオリも麗華さんも、プロの音楽家として自立しているんだし」
「プロと言っても、公演に招いてもらったり、仕事を貰えなければお金は稼げない。
この業界では、そうやって仕事を紹介してくれたり推薦してくれたりする人がいてこそやっていける部分があるから。
——もし両家の家族に恨みを買ったら、僕がステージに立てなくなるよう、裏で手を回される可能性は容易に想像がつく。
……音楽以外での稼ぎ方を知らない僕には、生活する手立てが無くなる……」
「俺が養ってやるよ!」
ガクはイオリを見つめた。
「イオリが稼げなくなっても、俺がいるんだから問題ない。
俺——まだ社会人二年目になって間もないけど、そこそこ良い給料貰ってるんだ。
順調に出世していけば、二人分の生活費がかかったとしても、ちょっと贅沢できるくらいの貯金が作れると思う。
イオリの実家ほどではないにしても、イオリに不便はかけないよ」
ともだちにシェアしよう!

