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-ガク-雪宮麗華②

ガクは名前を名乗ると、深くお辞儀をした後、部屋の中に足を踏み入れた。 生の麗華との対面はコンサート以来の二回目となるが、麗華のほうは当然、初めて会う相手を見つめる表情だった。 あの場でのガクは、麗華の音楽を聴くために何千人と集まっていた観客の一人に過ぎないのだ。 「これ、つまらないものですが」 「あら」 ガクが銀座で買い付けた最中を渡すと、麗華はそれを丁寧に受け取った。 「……ちゃんと紙箱なのね」 麗華が独り言のように呟く。 「え?」 よく聞き取れなかったガクが聞き返そうとすると、麗華は顔を上げて微笑んだ。 「ごめんなさい。空也の最中——並んで買ってくれたんでしょう?どうもありがとう」 「いえ、そんな。 ……それより今、紙箱って……?」 「ああ。あそこね、贈答用に木箱を用意しているの。 取引先に贈る時に見映えがするから、木箱を指定して包む人も少なくないんだけどね。 木の箱は最中に香りが移ってしまうから、本来ならば紙箱の方が良しとされているのね。 それで、用意してくれた最中が紙箱だったものだから、あなた——ガクさんも『こちら』の人なのかな、と思ったの」 『こちら』? ……ああ、そういった老舗や高級なお店のことに精通している、『良いところのお坊ちゃん』だと思われたのかな。 確かに、ここの最中は紙箱の方が良いことは知っていた。 ただそれは、社会人なりたての頃に取引先の人を意図せず怒らせてしまい、謝罪のために購入した経験があってのことだ。 取引先の人は俺の誠心誠意の謝罪と、贈答用の最中で機嫌を直してくれて、 そのついでに『立派な木箱に包んでくれたけど、これは紙箱の方が好まれるよ』と教えてくれたんだ。 俺の育ちが良いから知っていたわけじゃない。 社会に出て痛い思いをして学んだ経験則だ—— 「……ああ、そうだ」 麗華は最中の袋を机の端に置いた後、言った。 「こっちももうすぐ来るって。 ——あ、噂をすれば」 麗華が窓の下を見下ろした直後、玄関のベルが鳴る音が響いた。 「連れて来るね」 麗華が一度席を外すと、ガクはぼそりとイオリに言った。 「……俺、たまたま仕事で贈答したことがあったから手土産にしたんだけど、 箱までシビアに見られるとは思ってなかった……」 「麗華もご家族も、よく演奏の差し入れで菓子をもらうことがあるから。 この最中を受け取っているのを何度か見かけたことがあるよ」 「マジで?何の箱に入って届いてた?」 「みんな紙箱だった」 「……危な〜。仕事での経験が活きて良かったわ」 そんな話をしていると、ドアの前に人の気配が現れた。 そして勢いよくドアが開き、麗華に続いて入って来たのは—— 「お待たせ〜!遅れてごめんね! あと現場の仕事終わった足で来たから、すんごい汗かいてるけど!」 明るい声でそう話す、麗華の恋人は—— 女性だった。

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