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-ガク-雪宮麗華③
「紹介するね。こちらは私のパートナーの、彩花」
彩花と紹介された女性は、建築現場で見かけるような、下に向かって風船のように膨らんだ大きなズボンを履いていた。
上半身はぴっちりとしたタンクトップで、筋肉のしっかりついた二の腕を晒け出している。
耳にはいくつものピアスが開いており、首筋には花のマークのタトゥーが刻まれていた。
ガクが思わず息を呑むと、彩花はガクとイオリの方を見て言った。
「えーっ、二人ともすごいイケメンじゃん!
しかもなんか、高そうな服着てる?
やばっ、あたし完全に場違いじゃん!!」
そう言ってケラケラ笑うと、泥汚れのようなものがついたズボンのまま、革製のソファにどすんと腰掛けた。
「で、何だっけ。リコンに向けての話し合いだっけか?
とりあえず喉乾いたから麗華、お茶出して〜」
彩花に促され、麗華は「はーい」と言いながらキッチンへと出て行った。
取り残されたガクとイオリが沈黙のまま立ちすくんでいると、彩花は
「何してんの?座んないの?」
と二人も腰掛けるよう促して来た。
「失礼します……」
ガクが遠慮がちにソファに座ると、彩花はガクの顔をじっと見つめた後、「あっ」と声を出した。
「もしかして……こないだのコンサートで声上げて泣いてた人!?」
「っ!」
ガクが息を呑むと、彩花は「やっぱそうだよね〜?」と言いながら顔を近づけて来た。
「……あなたも、先日来ていたんですね?」
それを横で見ていたイオリが彩花に話しかける。
「そだよ。彩花にチケットもらったから!
一番前の良い席もらったんだけど、なんか数列隣でめっちゃ泣いてる声がするなーと思ったんだよね!
暗くてはっきり見えなかったけど、良い歳の大人、しかもちょっとイケメンに見えたから意外だなって思ったの。
そっかー、君が彩花の旦那くんの恋人さんだったかぁ」
彩花がそう言ったところで、麗華がハーブティーを三人分持って戻ってきた。
「あ、手伝いもせずごめん」
イオリが立ち上がってトレーを受け取ろうとすると、麗華は「いいよ」と微笑み、それぞれの前にティーカップを並べていった。
「……で。どーする?いきなり本題からいく?それとも、まずは自己紹介のコーナー?」
彩花はスマホをいじりながら、陽気な声で告げる。
「てか男女が二対二って、合コンみたいじゃね?合コン行ったことないけど!
麗華もそう思わん?」
「そうね。それじゃ自己紹介から始めましょうか」
麗華は彩花の言葉を軽く受け流しながら話し始めた。
「雪宮麗華です。ソプラノ歌手をやってます。
——この場のみんな同い年みたいだから、あとは敬語はやめて話すね。
向かいに座ってる伊織とは半年前にお見合い結婚をしたの。ね?」
麗華に促され、今度はイオリが口を開く。
「雪宮伊織……バイオリニストです。
初対面の人がいる場で敬語を使わないのは慣れないけど、今日は腹を割って話したいから僕もラフに話すよ。
苗字の通り、麗華の家に婿入りして、麗華の実家であるこの家に住まわせてもらってる。
で、こちらは——」
イオリがガクの方をちらりと見ると、ガクも自己紹介をした。
メーカーで開発職をしていること、都内の大学に通っていたが、今は神奈川に住んでいることなどを軽く話すと、最後に彩花が口を開いた。
「あたしは夏木彩花!
普段はえーっと、土方のバイトをメインにやってるフリーターって感じ!
あと趣味でバンドも組んでま〜す。
ちなみに首に入れてるタトゥーは、あたしと麗華どちらも名前に『はな』の字が入ってるからバラのデザインにしてみましたぁ。
ほんとは麗華のイニシャルを刻みたかったんだけど、それはやめとけって周りに言われて——」
「自己紹介ありがとう、彩花」
麗華はやや強引に彩花の話を切り上げた。
「自己紹介も済んだところだし、本題に入るね。
——先日、伊織から『好きな人がいる』ということと、『離婚したい』ということを切り出されたの。
それは彩花にも話したし、そちらのガクさんも聞き及んでることだと思う。
それで——私の考えとしては……」
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