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-ガク-雪宮麗華④
麗華はイオリをじっと見つめたあと、こう言った。
「私も、離婚については構わないと思ってる」
ガクはそれを聞き、自然と表情が明るくなった。
良かった。
麗華さんも離婚のことを前向きに捉えてくれているような雰囲気だ。
これなら、少なくとも夫婦間は揉めることなく、円満に——
「ただ、ね」
するとそこで、麗華が言葉を続けた。
「知っての通り、うちって音楽においてはこと由緒正しくをモットーにしてるきらいがあって。
伊織の家とお見合いしたのも、伊織が著名なバイオリニストのお父様と、人気のピアノ教室を開くお母様の元に生まれた音楽一家のサラブレッドだから。
——そんな我が家と、そして向こうのご両親が私達の結婚に求めているのは、夫婦仲睦まじく暮らすことじゃないのよね」
麗華はそこで言葉を切り、こう告げた。
「子ども。サラブレッド同士の子どもを産むこと」
子どもという言葉に、ガクの背中がぞくりと震える。
麗華はそんなガクを流し見ながら、彩花の方を見て言った。
「この通り——私の恋愛対象は女性なの。
女同士じゃ子どもは授からない。
養子をもらうとか、そういうのでは意味がないのは分かるでしょ?」
すると彩花がハーブティーを飲み干し、陽気に話し始めた。
「麗華んちって、なんかすげー金持ちじゃん?
あたしみたいな、ピアスだらけでタトゥー入れてて定職にも付いてないような人間は一番敬遠されんだよね。
——しかも、女て!
仮にあたしが真人間だったとしても、あたしじゃ麗華を孕ませてあげることはできないんだよね」
あっけらかんと語る彼女に、ガクは戸惑いながらも口を開いた。
「つまり……、麗華さんが懸念されているのは、まだ子どもがいないこと?」
「端的に言えば、そう」
麗華はティーカップに上品に口付けた。
「私は、姉と私の二人姉妹だけど——
姉は他所の家に嫁いじゃってね。
しかも……先天性の都合で、子どもを身籠れない体質なの。
だから家族や親戚は、私が伊織との子どもを身籠ることを今か今かと待ち侘びている——」
麗華のプレッシャーを思うと、彼女もなかなか難しい立場にいることがわかる。
ガクは真剣な眼差しで、麗華の言葉に耳を傾け続けた。
「私もね、子どもは好きなの。いつか自分の子を産んでみたいって願望はあった。
でも——どうしても、心は、身体は自分を騙せなかった。
伊織とお見合いしたときも、彩花とは別れ話を何度もしたけれど、結局離れることができなかった……。
初めから愛のない結婚生活で始まったことを、内心申し訳なく思ってたんだけど……」
麗華は声を潜めて続けた。
「伊織と夜を試そうとしても、伊織はどうやっても勃たない。
私も、どんなに想像力を掻き立てても、少しも濡れなかったの」
赤裸々な告白に、ガクはどう反応したらいいかわからなくなる。
そうか、夫婦なんだから、そうだよな。
子作りをしようとは試みていたのか——
ガクの中に、重いものが落ちていく。
イオリを責める気はない。
それに勃たなかったなら、その先には進めなかったのだろう。
けれど。
五年間、一人部屋の中でイオリを思いながら処理した日々を思い出し、麗華にジェラシーのようなものを覚えてしまったのも事実である。
「それでも——私は自分のため、お家のために、子どもは作りたい。
だから……離婚する条件を一つ提示させて。
『私が伊織の子を身籠ったら、伊織とは離婚する』って」
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