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-ガク-雪宮麗華⑤
部屋の中に沈黙が広がる。
イオリが麗華さんを孕ませたら、離婚に応じる?
勃たなかったと言っているのに、それはいつになったら実現する未来だ?
いや、もし実現『してしまった』ら——
イオリは雪宮家の血を引く我が子という縁ができて、雪宮家からますます離れられなくなるんじゃないのか?
「……いいかな」
ガクが口を開いた。
「仮に、それを本当に実行したら——
麗華さんはシングルマザーとして子どもを育てることになるよ。
それでも構わないと言ってるの?」
「幸い、うちにはシッターをつける余裕もあるし、両親も喜んで子育てに参加してくれると思う」
「父親がいないことで、子どもが気に病む可能性だってあるよ」
「それも心配ない。
ここにいる彩花が、父親代わりになってくれるから——」
麗華は彩花を見つめたあと、ガクに向き直った。
「彩花とは大学時代からの付き合いでね。
元々彼女も音大に通ってたから。
途中で退学して、ロックバンドを組み始めちゃったけどね。
——それで、その当時からうちにはよく出入りしてたの。
両親は、私とはタイプの違う彩花のことをそこまで気に入ってくれていたわけではないけれど、付き合いを止めろとまでは言われなかった。
……だからもし伊織との子を産んだら、彩花をこの家に引き入れて、一緒に暮らそうと思ってる」
「あはは、父親つーか、母親二人って感じになると思うけど!」
彩花は笑いながら言った。
「でもあたしも子どもは大好きだから、父親がいないってことを忘れさせるくらい、うんと遊んであげて、うんと面倒見るつもりでいるよ!」
だから何も心配するなと言わんばかりに、ガクとイオリに視線を向けてくる。
——イオリは……
イオリはこの提案を、どう思っているんだろう。
気になったガクは、隣に座るイオリに視線を向けた。
イオリは静かに、机の上のティーカップを見つめていた。
「イオリ……は、どう考えてる……?」
ガクが問いかけると、イオリは視線を上げた。
「僕は——親のエゴで子を産むのは、間違いだと思ってる」
イオリはそう言うと、麗華を見た。
「その条件、確かに麗華は子どもを産めて、恋人と住めるようになって、幸せになれると思う。
僕も、ガクと一緒に生きていくことができるようになる。
——けれどそんな風に、僕と麗華それぞれの都合を叶えるために産まれてきた子どもが、幸せな人生を歩めるとは思わない」
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