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-ガク-雪宮麗華⑨
ガクが突然そう口にしたため、皆驚いてガクを見た。
「麗華さんと彩花さんが長年思い合ってきたように——俺ももう何年も、イオリを思って生きてきた」
ガクは「少し自分の話をさせてほしい」と断ると、ゆっくり話し始めた。
「俺がイオリと出会ったのは、イオリのお祖母さんの告別式会場だった。
たまたま俺は隣の会場でじいちゃんの告別式に参加していて、
そこでイオリが棺の前で奏でていた曲——『アヴェ・マリア』を耳にした」
「アヴェ・マリア、って……」
「ガクくんがこないだのコンサートでアドリブ演奏してたやつだ!」
麗華と彩花が同時に言った。
「……信じてもらえる話じゃないとは思うけど……
その旋律を聞いた時、俺の頭の中に鮮烈な光景が大量に流れ込んできた。
——これは前世の記憶だ、と俺は直感で悟った」
「前世?……なにそれ」
麗華が呟く。ガクは話を続けた。
「前世の俺は太平洋戦争の最中、ビルマ戦線に派遣されてきた一兵士だった。
敵の攻撃に怯えながら、暑さと感染症、そして飢餓に苦しむ、地獄のような日々だった。
——そんな中で出会ったのが、軍楽隊として慰問に訪れていた人物——ここにいるイオリの前世だった」
ガクがイオリを見ると、イオリもガクを見つめ返してきた。
二人の交錯する視線に熱が帯びる。
「それで、イオリの前世である彼は、俺のためにバイオリンを奏でてくれた。
森の奥深く、誰にも気づかれないような場所で弾いてくれる『アヴェ・マリア』が、戦争で荒んだ俺の心を慰めてくれる唯一のよすがになった」
「ちょ。すでに名作の予感。
——あ、『作』って言っちゃ悪いか。
前世で本当に体験した出来事ってことだもんね」
彩花はワクワクとした眼差しを向けてきた。
「でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
俺はイオリがビルマを発つ前日の夜、自分の気持ちを打ち明けた。
そうしたら、イオリもそれに応えてくれて——たった一晩だけだけど、関係を持った。
……それが全部の間違いだったんだ」
「どうして?」
いつの間にか、麗華も食い入るように話の続きを待っていた。
「イオリとの行為を、俺の同僚が目撃していた。
同僚は俺のことは秘匿してくれたけれど、イオリが森の中で兵士と行為に及んでいたことを軍楽隊の上長に報告して——
俺が呑気に眠っている間にもイオリには強姦をしたという決めつけの罪を言い渡され、除名処分が下された」
「それはだいぶ酷い。
合意があったかどうか、せめて本人同士に聞いてからにすれば良かったのに」
彩花が言うと、「風紀を乱した、という部分でも上官の怒りを買ったみたいだ」とガクは付け足した。
「だから合意かどうかを問う前に、罰が与えられた。
除名処分だけなら、日本に帰ってただ平凡に生きていくこともできたはずだった。
——でも、イオリに与えられた罰はそれだけじゃなかった……」
ガクはそう言って、口元を抑え込んだ。
あの時の光景がフラッシュバックしたのだ。
「大丈夫?」
イオリがガクの背中をさすると、ガクは深呼吸を繰り返した後、脂汗を流しながら「うん、ありがとう」と返した。
「……イオリは、罰としてたった一人で敵の視察に送り込まれた。
そこでイオリは——敵兵たちから辱めを受けて——身体中に傷を負って死んだんだ」
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