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-ガク-雪宮麗華⑩

室内に沈黙が訪れる。 弓弦——イオリの前世が辿った壮絶な末路に、麗華も彩花も言葉を失っていた。 「敵の視察に出されたことを知った後、俺もその場所へ行ったんだ。 そこで俺は……イオリの血と、誰のものかもわからない体液にまみれたイオリを見つけて……背負って連れ帰った。 イオリの遺体は、本国に帰されることなく、駐屯地で焼かれた」 ガクはそれから、日本に戻った後もイオリのことを思いながら、後年老衰でこの世を去ったことまでを話し終えた。 そして呼吸を整えると、再び顔を上げた。 「——イオリの奏でるバイオリンを聴いて、会場の中でイオリの姿を見た時、ずっと探していた相手だってことに気がついた。 この再会できた縁を絶対に逃したくないという思いで、俺はイオリに声を掛けた。 前世の記憶がないイオリは当然、俺の言動に引いていたけれど—— そこから時間をかけて、お互いのことを知っていったんだ。 といっても、一緒にいられたのは大学二年の春から、夏休みの終わりまでだったけれど……」 「その後は、一緒にいなかったの? いや——居られなかったってことか」 彩花が言うと、ガクは頷いてみせた。 「イオリはご両親の教育方針で、スマホを没収の上、家に籠り、防音室で夜中まで練習することを義務付けられた。 俺はそんなイオリを無理やり攫ってきて、自分の住んでるアパートに連れて帰った」 ヒュウ、と彩花が口笛を鳴らす隣で、 「それって誘拐……?」 と麗華が眉をひそめた。 「誘拐じゃないよ。自分の意思でついて行ったんだから」 すると黙って聞いていたイオリが口を開いた。 「ガクは僕を助け出してくれたんだよ。 ガクの家に居候させてもらって——僕は人生の中で、一番自由で満ち足りた夏を過ごすことができた。 自分の人生になかった経験も、感情も、たくさん見つけることができた夏だったよ。 ……父さんと母さんに居場所が突き止められるその瞬間まで——僕はこの上ない幸せでいっぱいだったんだ」 気づくと、イオリの瞳から涙が一筋流れ落ちていた。 「……幸せだった、大好きだった。 それなのに……最後は結局、僕が親に屈したんだ。 ガクの家族や将来の全てを台無しにする——父さんと母さんがガクにしようとしていたことは、僕にはとても責任を取れるような範疇を超えていて—— ガクをこれ以上、僕の家の都合に巻き込みたくなかった僕は、自分から家に帰ることを選んだんだ」 そうしてイオリは、自由に外出することもままならないまま大学生活を終え、 バイオリニストとして様々な公演に呼ばれるようになり、やがて今に至ったことを話した。 「……僕も、ただ……ガクと居たかっただけ。 バイオリニストとしての成功を望んだことなんて無かった。 ガクに会えなくなってからの五年間、どうにか自分を保ってこれたのは、ガクが僕のバイオリンを好きだと言ってくれたから。 ——それだけが、僕にとってのすべてだった」

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