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-ガク-雪宮麗華⑮
麗華はイオリに向き直ると、静かに告げた。
「——子どもは諦める。私たち、離婚しましょ」
イオリの顔に光が射す。
「それから——好いてない誰かとの子どもを授かろうとしていたのも、考え直す。
……私はもう、一番欲しかったものを持ってたんだってことを思い出したから」
麗華は目を細めると、彩花に顔を向けた。
「私には、彩花がいる。
——それだけで、もう幸せだったって気付かされた」
「〜〜っ、麗華ぁ」
彩花は声を詰まらせると、ガクたちの目の前で麗華を抱き締めた。
「かわいーっ!大好きーっ!」
「……う、汗臭い……」
「そういうデリカシーないことも、あたし相手には臆せず言ってくるとこも好きぃ」
「……そ、そう……」
彩花に抱き締められ、麗華は恥ずかしそうにしながらも、満更ではない様子だった。
「いやー、ぶっちゃけさ。
本音を言えばアンタが見合いをした時は、『マ?』を連発したね。
あたしがいるのに、アンタ何やってんの?って。
半年ぶりに正気に戻ってくれて良かったよ〜」
彩花はそう言って麗華の背中をさすると、首をぐるりとガクに向けてきた。
「ガクくんの話に感化されたみたいだね!
あたしから礼を言うわ、ガクくん!」
「え……と」
「あたしもさあ、不倫とかホントはイヤだったのよ。
うちらが前から付き合ってたのに、なんでこっちがこそこそ隠れて交際しなきゃなんないの?とも思ってたし」
彩花はイオリの方も見た。
「あ、イオリくんのことは恨んでないよ?
見合い話を持ち出したあんたらの親族にはムカついてたけど」
「う……うん」
「てか、大変なのはこっからだよね」
「……?」
「離婚するなら、お互いの親族を納得させないといけないじゃん」
彩花の言葉に、ガクとイオリが固まる。
「ん〜まあ、麗華んちはどうとでもなると思うんだよねぇ。
麗華の両親、麗華とお姉さんの姉妹を猫可愛がりして育てたからさ。
『え〜ん、麗華、イオリくんと子作り頑張ったけど、イオリくん勃たなかったの〜』って泣きつけば、離婚話も受け入れてくれると思うんだわ」
「私、パパママにそんな風に泣きついたことないけど……」
麗華は呆れたように言いつつ、「でもそうね」と頷いた。
「伊織のご両親が納得してくれるか……。
別居するにしても、伊織が実家に戻るのをご両親は認めてくれるかな……」
「イオリは俺のとこに来ればいいよ」
ガクがイオリに言った。
「俺と一緒に暮らそう。
今度はこそこそせず、堂々とご両親にも宣言してさ」
「ガク……」
「まあ俺、新宿での一件で相当ご両親に嫌われた自信はあるけど!
——でもある日突然連れ戻されるより、ずっといい。
イオリのお父さんに殴られてでも、俺はイオリの手を引っ張って、俺んちに連れて帰るから」
その後、ガクはイオリに見送られて雪宮家の玄関まで歩いて来た。
「——送らなくて大丈夫?」
「もちろん。ここまで迷わず来れたし。
神楽坂は夜でも賑やかで明るいしな」
「……今日は本当にありがとう」
イオリはそっと頭を下げた。
「麗華が条件なしで離婚に応じてくれたのは多分、ガクが僕たちのこれまでを話してくれたから。
——あんな風に心を込めて話してくれて、僕も……改めて、ガクと歩いて来た道を振り返ることができたよ」
「イオリが早くバツイチになるのを心待ちにしてるよ」
ガクがにこっと笑うと、イオリは不安げに口を開いた。
「……そしたらあの頃に、戻れるよね?」
「うん」
「五年前の続き——できるよね」
「できるよ——でも俺はさ。
昔のままの二人である必要はないと思ってる」
「え……」
「人って変わるものじゃん。
性格も環境も、五年前と全く同じってことはないわけで。
新しく、今の俺たちで始まる気持ちでいればいいんじゃないかな」
「……そうだね」
イオリは柔らかく微笑んだ。
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