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-ガク-2月のセレナーデ①
次の日曜日——
「ここで会うの、久しぶりだな」
ガクとイオリは上野駅で待ち合わせをしていた。
「あの頃もさ、今日みたいに改札出た所で人がいっぱい待ち合わせしてたんだけど、イオリの放つオーラが圧倒的過ぎて、一発で見つけたんだよ」
「……目立ってる覚えはなかったんだけどな」
「道行く人、みんなイオリを見てたよ。
なんだろうな、これがカリスマ性なのか……」
二人はゆっくり歩きながら、駅を出てすぐの場所にある東京文化会館へと向かった。
「カリスマと言えば——今日誘ってくれたのって、作曲のカリスマと言われる如月奏の、メモリアルコンサートなんだよな」
如月奏——
若くして名を馳せ、様々な歌手や映画作品への楽曲提供を行って来た、天才作曲家と評される人物。
特に映画のタイトルにもなった『2月のセレナーデ』が日本で大ヒットし、それ以来海外からも引っ切り無しに仕事の声がかかっていたという。
惜しくも43歳という若さでこの世を去ってしまったのが数年前。
テレビでは彼の死と、彼の遺した功績が連日報道されていた。
「音楽に詳しくない俺でも知ってるよ、如月奏。
『2月のセレナーデ』とか有名だもんね」
「——僕、作曲家の中でも如月奏が一番好き」
また一つ、知らなかったことを知る。
ガクはイオリの言葉に耳を傾けた。
「バイオリンの練習は辛かったけれど、好きな作曲家の、好きな音楽を奏でている時だけは、辛い気持ちを忘れることができた。
——だから彼の死が伝えられた時は、もう新しい音楽を聴くことは出来なくなったのだと寂しくも感じたけど……。
でも、如月奏の音楽はずっと残り続けるからね。
現に今日だって、その彼が作った曲ばかりをセレクトしたコンサートが開かれているわけだし」
イオリは鞄からチケットを二枚取り出すと、片方をガクに渡した。
「本当はこれ、麗華が仕事先からもらった招待チケットなんだけど。
僕が如月奏を好きって知ってたから、譲ってくれたんだ。
『ガクさんと行ってきたら』って」
「麗華さん、イオリを俺とのデートに送り出してくれたんだ」
「元々、麗華が彩花さんと出かけていくのを僕も黙認していたし。
でも先週の話し合いを経て改めて、お互い遠慮なしで、好きに出掛けようってことになった」
「そうなんだ」
確かに、俺もイオリとこうやって出掛けられるのは嬉しい。
麗華さんの理解が得られなければ到底叶わないことだ。
麗華さんも彩花さんという恋人がいるからこそ、イオリが俺と会うことを咎めないわけで。
……でも、正式な離婚が成立するまで、あくまでもイオリは妻帯者だ。
一緒に深大寺を観光したり、こうやってコンサートに出掛けることそれ自体は、友人同士の域を超えない付き合いだと自分に言い聞かせることができる。
けれどそれ以上は——イオリに触れるようなことは、やっぱりちゃんと、筋を通してからじゃないとダメだよな。
ガクは自分にそう宣言すると、東京文化会館に足を踏み入れた。
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