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-ガク-2月のセレナーデ④
「えっ」
ガクとイオリが同時に声を上げた。
「如月奏の……!?」
「ええ。正確には『だった』になるけど」
加納早苗と名乗るその女性は、如月奏とは幼馴染で、姉弟のような関係で育ったという。
社会人になってからは彼のマネージャーとして仕事でも私生活でも彼を支えて来たと話す早苗に、ガクはおずおずと尋ねた。
「もしかして、早苗さんは——如月奏の恋人だった方なんですか……?」
すると早苗は、初めて笑みを浮かべた。
そしてくすくすと笑いながら、ガクの言葉を否定した。
「ふふっ、私とそーちゃんはそんな関係じゃないわ。
私は結婚もしてるしね」
「っ、それは失礼しました」
「それにそーちゃんには、長年想い続けてる人がいたから」
そういえば、如月奏は恋愛スキャンダルの話を聞いたことがないな。
生涯独身で、子どもも両親も兄弟もいなかったはず——
「想い続けて、というのは……如月さんの片思いだったのですか?」
イオリが訊ねると、早苗はかぶりを振った。
「ううん、二人は両思いだったわ。
でもね。もうだいぶ昔、『彼』はすごく遠いところに行っちゃって——
それきり、そーちゃんは再会できなかったの」
『彼』?
如月奏の想い人というのは男性だったのだろうか。
「皐月くん——そーちゃんの想い人も、そーちゃんの元を離れたくは無かったと思う。
だけどね、誰にもどうしようもできない事情があったのよね」
「そのお相手は亡くなったと言うわけではないのですか?」
「ううん。亡くなってない。
——遠くに行ったの。
どうやっても会えないような、遠い場所」
早苗は遠い過去を回想するように、遠くを見つめて言った。
「……皐月くんが居なくなってからのそーちゃんは、日常生活もままならないくらい、精神的にショックを受けていた。
だけど、そーちゃんは悲しみの中でも曲を書いた。
遠い場所で生きている皐月くんのために、一つでも多く音楽を作ろうとして。
……それで、頑張りすぎちゃったのね。
長年の無理が祟って、そーちゃんは倒れて——」
早苗が言葉を切る。
再び目元に大粒の涙を溜めていた。
「あの——お辛かったら、無理に話さなくても大丈夫ですよ」
ガクがそう気遣うと、早苗はハンカチで涙を拭った。
「ううん。大丈夫、ありがと。
話していたら、ちょっと気持ちが楽になってきたから。
——今日はね、そーちゃんの命日なの。
コンサートに来る前、そーちゃんのお墓に手を合わせて来たところだったものだから。
そーちゃんの音楽を聴いていたらつい、ね……」
そうだったのか。
それは込み上げるものも大きかっただろうな……
「——もうすぐ後半が始まるわね。
話し込んじゃってごめんなさい、二人はお手洗いに行かなくて平気?」
二人がこくりと頷くと、早苗は「それなら安心」と微笑んだ。
「今日の最後の曲目は『2月のセレナーデ』なのね」
早苗はプログラムを開いて言った。
「如月奏の最大のヒット曲ですもんね」
ガクが言うと、
「そうね、やっぱりこれを最後にもってくるわよね」
と早苗が微笑んだ。
「この曲はね——表向きは映画『2月のセレナーデ』のために作った楽曲ってことになっているけど。
元々は案件とは関係なく作った音楽を、映画の監督が気に入ってくれて、自身の映画の楽曲に起用してくれたのよね。
映画のタイトルも、元は別物だったけれど、この曲のタイトルに合わせて『2月のセレナーデ』に変更されて」
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