142 / 200

-ガク-2月のセレナーデ④

「えっ」 ガクとイオリが同時に声を上げた。 「如月奏の……!?」 「ええ。正確には『だった』になるけど」 加納早苗と名乗るその女性は、如月奏とは幼馴染で、姉弟のような関係で育ったという。 社会人になってからは彼のマネージャーとして仕事でも私生活でも彼を支えて来たと話す早苗に、ガクはおずおずと尋ねた。 「もしかして、早苗さんは——如月奏の恋人だった方なんですか……?」 すると早苗は、初めて笑みを浮かべた。 そしてくすくすと笑いながら、ガクの言葉を否定した。 「ふふっ、私とそーちゃんはそんな関係じゃないわ。 私は結婚もしてるしね」 「っ、それは失礼しました」 「それにそーちゃんには、長年想い続けてる人がいたから」 そういえば、如月奏は恋愛スキャンダルの話を聞いたことがないな。 生涯独身で、子どもも両親も兄弟もいなかったはず—— 「想い続けて、というのは……如月さんの片思いだったのですか?」 イオリが訊ねると、早苗はかぶりを振った。 「ううん、二人は両思いだったわ。 でもね。もうだいぶ昔、『彼』はすごく遠いところに行っちゃって—— それきり、そーちゃんは再会できなかったの」 『彼』? 如月奏の想い人というのは男性だったのだろうか。 「皐月くん——そーちゃんの想い人も、そーちゃんの元を離れたくは無かったと思う。 だけどね、誰にもどうしようもできない事情があったのよね」 「そのお相手は亡くなったと言うわけではないのですか?」 「ううん。亡くなってない。 ——遠くに行ったの。 どうやっても会えないような、遠い場所」 早苗は遠い過去を回想するように、遠くを見つめて言った。 「……皐月くんが居なくなってからのそーちゃんは、日常生活もままならないくらい、精神的にショックを受けていた。 だけど、そーちゃんは悲しみの中でも曲を書いた。 遠い場所で生きている皐月くんのために、一つでも多く音楽を作ろうとして。 ……それで、頑張りすぎちゃったのね。 長年の無理が祟って、そーちゃんは倒れて——」 早苗が言葉を切る。 再び目元に大粒の涙を溜めていた。 「あの——お辛かったら、無理に話さなくても大丈夫ですよ」 ガクがそう気遣うと、早苗はハンカチで涙を拭った。 「ううん。大丈夫、ありがと。 話していたら、ちょっと気持ちが楽になってきたから。 ——今日はね、そーちゃんの命日なの。 コンサートに来る前、そーちゃんのお墓に手を合わせて来たところだったものだから。 そーちゃんの音楽を聴いていたらつい、ね……」 そうだったのか。 それは込み上げるものも大きかっただろうな…… 「——もうすぐ後半が始まるわね。 話し込んじゃってごめんなさい、二人はお手洗いに行かなくて平気?」 二人がこくりと頷くと、早苗は「それなら安心」と微笑んだ。 「今日の最後の曲目は『2月のセレナーデ』なのね」 早苗はプログラムを開いて言った。 「如月奏の最大のヒット曲ですもんね」 ガクが言うと、 「そうね、やっぱりこれを最後にもってくるわよね」 と早苗が微笑んだ。 「この曲はね——表向きは映画『2月のセレナーデ』のために作った楽曲ってことになっているけど。 元々は案件とは関係なく作った音楽を、映画の監督が気に入ってくれて、自身の映画の楽曲に起用してくれたのよね。 映画のタイトルも、元は別物だったけれど、この曲のタイトルに合わせて『2月のセレナーデ』に変更されて」

ともだちにシェアしよう!