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-ガク-両親③
父親の言葉に、ぴくりとイオリの肩が震える。
怒りではない。
恐怖から本能的に身を縮めようとする反応だった。
ガクは、自分も散々親には叱られてきたことがあるものの、こんな風に萎縮してしまうような関係性ではなかった。
敬語など使わず、自分はこうしたいと意思表示をするのが当たり前だった。
「……社会に出て……、お金を稼ぐことの大変さは学んだつもりです。
僕がこうして健康でいられるのも、父さんと母さんが僕を食べさせてくれていたからで、
今も麗華のおかげでバイオリンの仕事を紹介してもらえたりもします。
——父さんと母さん、そして麗華には、返せないほどの恩を受けたことは身に沁みて感じています」
イオリがそう言うと、母親は呆れたように両手を組んだ。
「恩を受けたと感じているなら、返しなさいな。
あなたは今のところ、アダしか返してない。
名門の音楽一家との縁談に恵まれて、結婚式ではあんなに沢山の人に祝ってもらったのに、あなたから離婚を切り出すなんて信じられないわ」
そうか。イオリは麗華さんとの結婚で式を挙げていたのか。
そりゃ、お金もあって知名度もあるのだから、しない方が不自然か。
ガクは話を聞きながら、ウエディングドレスを着た麗華の横を歩くタキシード姿のイオリを想像してしまった。
そして先週見てきた、駿と新婦の幸せそうな姿も。
イオリのタキシード姿を、俺はまだ見ていない。
見てみたい。
タキシードを着たイオリが、俺の隣を歩いてくれる姿を、見たくてたまらない。
それを叶えるため。
いつか叶えられるかもしれないその日のために。
ここは絶対、ご両親に反抗しちゃダメだ……!
ガクは拳をぎゅっと握り込んだ。
「——自分の決断で縁談を受けたのに、自らそれを放棄する形となってしまったことは、深く反省しています。
けれどこのまま夫婦関係を続けていくのは、麗華にとっても——」
「お前が離婚したくて麗華さんを巻き込んでいるんだろう」
父親が冷たく言い放った。
「『麗華にとっても』などと理由を転嫁しているが、お前が自由になりたかっただけだろう。
——そこにいるどなたかと一緒になりたくて」
するとイオリは声を震わせながらも「はい」と頷いてみせた。
「そうです……。
僕がこの人と——ガクと生きていきたくて、麗華に離婚を申し出ました」
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