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-ガク-両親⑥
「はぁ……、はぁ……ッ」
イオリは10歳時の自分の行動をガクの目の前で読み上げられたことで、呼吸が荒くなっていた。
羞恥心から相当のストレスを覚えたのか、過呼吸になりかけている。
ガクはイオリの背中に手を回すと、
「大丈夫……!大丈夫だよ……!」
と声をかけた。
「ゆっくり、息を吸って。吐いて」
何度かそう指示しているうちに、イオリの呼吸は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……はっ、……はっ……。
が……ガク……」
「無理に話そうとするな」
「……ガク……嫌いにならないで……」
「嫌いになるわけないだろ!」
ガクはぶんぶんと大きく首を横に振りながら言った。
「俺なんて毎年5月にはクーラーがんがん付けてたよ!
なんなら扇風機まで併用してたし!!
うち裕福じゃないけどさ、熱中症になる方が金かかるからって、暑いと感じたらいつでもクーラー付けて良いことになってた。
——それに自分が仲良くしたいと思った子とは、その子の実家がどうかなんて関係なく遊びに出てた!
ラブレターはもらったことないけど、自分から告白したり、おすすめのゲーム押し付けたりはしてた!
それからっ……、恥ずかしいけど、俺だってオナニーするよ!
10歳の頃も、今も……めっちゃしてるよ!
家族に気を遣って洗濯機回すなんてことも考えたことなかったからさ、パンツ汚れても普通に家族の洗濯物に紛れ込ませてた!!」
ガクは必死で、少年時代のイオリがとった行動はごく一般的なものばかりであることを伝えた。
誰でも当たり前のように経験することだと。
そんなことで体罰を与えらたりはしないものだと。
すると父親が口を開いた。
「——同じことを言わせないで欲しいものだな。
君の言う『普通』『当たり前』は、下流から中流の家庭の中でありふれていたという話に過ぎない。
君は伊織と同じ日本に住む日本人だから、普段意識が働かないのかもしれないが——
インドに行けば、手でカレーを食べるのが当たり前。
韓国に行けば、食べる前から料理をぐちゃぐちゃに混ぜることもマナー違反にはならない。
先ほどからそういう次元の話をしているんだがね」
「だとしても……!
ほぼ毎日のように体罰を与えて、虐待の記録に残しておくなんてこと、やっぱり常識の範囲を逸脱していると思います……!」
「虐待の記録?表紙に『躾』って書いてあるでしょ。
これは伊織の成長記録なの。
伊織には毎月、私が記録したこのノートを音読することを宿題にしていたわ。
そうやって、自分の行動の何がいけなかったかを復習し、未来に繋げることができるのだから、これは成長のための躾に他ならないでしょう」
——ダメだ……ッ!
どんなに抑えようとしても、怒りがどんどん増幅していって、制御ができなくなっていく。
このままじゃ俺は、五年前と同じように爆発してしまう。
そんなことは望んでいないのに。
俺は、俺たちはただ、二人でいることを認めてもらいたいだけなのに——
その時、ガクに抱えられていたイオリが、ゆっくりと背中を起こした。
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