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-ガク-始まり③

ガクがアパートのドアを開けると、イオリは「ただいま」と言って中へ足を踏み入れた。 ここへ来るのは初めてなのに、当たり前のように『ただいま』と言ってくれるイオリが嬉しかった。 そうだ。もうイオリは当たり前に俺と一緒に居られるんだ。 未だ信じられなくて、実感が追いついてこないけれど、俺はもう——長年の願いを叶えられたんだ。 「スーツケース、床の上に乗せちゃってもいいかな?」 そう言ってイオリが振り向く。 ずっと見たかった顔。 聞きたかった声。 「いいよ」 「ありがと。——それじゃスーパー行く?」 そう尋ねてきたイオリを、ガクは反射的に抱き締めていた。 「……ガク……」 背中越しに、イオリの声が響く。 「ずっと……こんな日が来るのを待ってた」 ガクは抱き締めた腕に力を込めて言う。 「もう、いいんだよな? こんな風にしても——誰にも咎められたりしないんだよな」 「うん」 イオリが肩越しに頷く。 「もう、僕とガクだけだよ。 他にしがらみは何も無くなったよ」 「——キスして良い?」 「……聞かなくても——ああ。 そっか。僕が昔言ったんだった。 心の準備ができないから、突然はやめてって」 イオリはガクから少し離れると、首を傾け、ガクに口付けた。 突然の出来事に、ガクの頭が真っ白になっていると、イオリは唇を話して微笑んだ。 「——わかった? ガクが僕にしていたのって、こういうことなんだよ」 すると、今度はガクの方からイオリに口付けた。 さっきよりも深く唇を重ね合わせると、イオリの口元から浅い吐息が溢れた。 ガクは唇の隙間から舌を差し込み、キスは更に濃密なものへ変わっていく。 玄関先で、靴を脱ぐことすら忘れ、その場で抱擁しながら繰り返しキスを重ねる。 再会した後も、ずっとしたくて、けれど出来なかったことを、衝動のまま繰り返す。 もうどのくらいそうしていたか分からない。 イオリの呼吸が僅かに苦しそうなものに変わってきたことに気づいたガクは、ようやく我にかえり、イオリから離れた。 「……あー……」 改めて視線を合わせると、なんとも言えない気恥ずかしさが襲ってきた。 「……スーパー、行く……? それとも——先に家の中で、ゆっくりする……?」 バツの悪そうにガクが言うと、イオリは瞼を伏せ、どこか内気な様子で答えた。 「……僕……、こんなこと言ったら、ふしだらだと思われないか不安だけど…… ガクと——キスより先が、したい……」

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