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-秋庭弓弦-ビルマの5日間①

その銃声を聞いた瞬間、僕はすべてを悟っていた。 肌にまとわりつくような湿気と暑さの中、僕は自分のすべてを思い出していた。 いや——思い出す、というのは正確ではないな。 これから先、自分に起こる出来事。 そしてもっと遠い先の未来——僕が『生まれ変わった後』の世界での出来事。 そう。今の僕の名は秋庭弓弦。 そして、未来では『イオリ』という名で、また新たな人生を歩むことになる人間だ。 ——ビルマに降り立った時、僕は内心、ここが僕の墓場になっても構わないと思っていた。 日本にいる頃、母と姉を相次いで亡くした。 僕を軍楽隊へ入れた厳格な父とは元々折り合いが悪く、僕にはもう、身内だと感じる人たちが残っていなかった。 軍楽隊は戦地を慰問して音楽を奏でるのが役割だ。 時には誘導のため派手に音を鳴らし、囮となって死ぬこともあるけれど—— 少なくともここビルマへ来たのは、あくまでも兵達を労うため。 御国のために、遥か遠い異国に残り、戦い続けてくれている人達に少しでも勇気を与え、励ますのが僕たちの役割だった。 ——正直、そんなことに意味はあるのかと思ってしまう。 僕たちが音楽をプレゼントするより、お茶碗一杯のご飯を差し入れる方が、よほど彼らに喜んでもらえるんじゃないだろうか。 士気を高めるために、威風堂々とした音楽を鳴らしても、それが直接の救済になるわけじゃない。 僕は音楽にそんな力はないと思っている。 ——そんな気持ちでビルマの地に降り立ったのだった。 けれど。 大きな銃声が鳴り、びくりと身体が反射する。 音のした方を見ると、少し離れたところでビルマの駐屯兵たちが射撃の訓練をしている音だった。 良かった、敵が攻めて来たわけではないようだ。 ……いや、何を安心しているんだ僕は。 僕にはもう生きていたいと思える理由もさしてないのだし、運悪く敵の銃弾に当たったとしても、予定より早く寿命が来ただけだと諦めがつくもの。 そんな気持ちでいた、その時だった。 訓練を終えた兵達がぞろぞろと歩いて来る中で、『彼』を見つけたのだ。 『彼』を目にした瞬間、僕の頭の中にはとてつもない情報と映像が流れ込んできて—— そして思い出す。 僕はこの後、彼——春木律人と出会う。 交流を深め、もっと彼と共にいたいと願った直後、僕は命を落とす。 そして——それから何十年と過ぎた後、 僕は再びこの世界に生を受け、そしてもう一度出会う。 彼——春木律人の生まれ変わりである、最愛の人——ガクに。

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