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-秋庭弓弦-ビルマの5日間②

その日の夜、僕は森の中でバイオリンを奏でていた。 姉さんの形見であり、母さんと姉さんとの思い出が詰まったこの楽器を、なんとなく持って来てしまった。 もし僕がこの地で死ぬようなことがあれば、日本に残して来たままでは悔やまれるような気がして、軍楽隊の演奏では使うことのないこの楽器を持ち込んだ。 僕は母さんと姉さんがよくセッションを楽しんでいた楽曲——シューベルト作曲の『アヴェ・マリア』を奏でた。 もうすぐ、『彼』はここに来る。 僕の奏でる音楽を聴いて、森の中へ吸い寄せられるようにやって来るはず。 僕はその時を待った。 そしてやっぱり、彼は現れた。 その容姿は、『ガク』と呼んで親しんでいた頃の記憶が長過ぎて、『ガク』と呼びかけてしまいそうになるけれど、 『ここ』での彼は、『春木律人』だ。 僕と違って、彼は彼の『未来の記憶』がない。 だから僕も、あくまでも春木律人とは初対面であるかのように振舞わなければならない。 そうしなければ、これから起こる未来をなぞらえることができないからだ。 ——正直、未来に起こる記憶すべてを取り戻した直後は 僕の『この』人生の終わりが、あんな悲惨な末路を辿ることに戸惑った。 死を恐れ、避けていたわけではないのに、それでも嫌な終わり方だと思った。 けれどそれ以上に、死んだ後の次の生での『僕』が、『ガク』と出会うことで始まる人生を歩んでみたいと思った。 そのために、僕は僕の見た記憶の通りに死ななければならない。 そして春木律人の記憶に僕の死を刻み、一生忘れられない存在とならなければならない。 そうでなければ、未来の世界で『彼』は『僕』を思い出すことができなくなるから。 ——律人、ごめん。 君にはこの後何十年も、孤独で辛い日々を送らせてしまうことになるだろう。 それを知っていて、僕がこれから自分の運命をなぞらえていくのを、どうか許して欲しい。 『ガク』にとって、『弓弦』が忘れられない存在となってくれるように。 そしていつか僕を——『イオリ』になった僕を見つけてくれるように。 律人、君に『弓弦』を刻み込ませてもらうよ。 どうか、わがままだと思わないで。 これは未来の『僕たち』が幸せになるために、辿っていくべき運命なのだから——

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