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-秋庭弓弦-ビルマの5日間⑪
僕はちょっとだけ律人を試したくなって、そんなことを口にした。
「そりゃ、忘れないだろうさ」
「それが何年先になって——たとえ姿形が今と変わっていても?」
「……そうだな……」
すると律人は不意に起き上がり、突然僕のお腹に唇を当てた。
「っ、何をして——」
驚きと、そしてお腹の辺りに広がる鈍い快楽に戸惑う合間にも、律人は僕の肌を強く吸い上げる。
しばらくして律人が唇を離したため、僕は薄暗い中で目を凝らし、自分のお腹を覗き込んだ。
おへそのすぐ上に、赤黒い痕ができているのが見える。
そうか——
この痕は……
「仮に顔の形が変わっても、俺が付けた、この腹の痕を見せてくれれば思い出せると思って」
律人が真面目な顔で言う。
僕は律人のことが愛おしくてたまらなくなった。
ありがとう、律人。
この痕は、僕の未来にもちゃんと引き継がれる。
それは君——『ガク』が僕を『僕』だと確信するための目印になる。
「ふふっ……顔が老けるよりもっと早くに、内出血の痕なんて消えてしまうと思いますよ?」
僕は常識的なことを言ってみたけれど、この痕はそんなものじゃないと知っている。
「でも……。一日でも長く、この痕がお腹に残っていてくれるといいな」
僕は愛しさを込めて指で痕をなぞると、シャツに手を伸ばした。
もう、さよならの時だ。
「……戻りましょう。
いつの間にか、空が白み始めてきた。
朝まであなたが戻らなかったら、きっとあなたは叱られてしまう」
「——弓弦」
律人は僕の腕を掴んだ。
——刹那、唇が重なる。
律人の口付けは優しくて、柔らかくて、僕の心を満たしてくれた。
こんな風に、遠い未来でまた唇を重ね合わせることができるのだと思えば、僕は明日の朝を勇気を持って迎えることができる。
「……なんで泣くんだよ」
——そう思っているのに、瞳からは勝手に涙が溢れてしまった。
「……今がとても幸せで……。
そして、別れが——辛くて」
「俺もだよ」
「……律人。あなたのこと、僕は忘れない」
僕はそう言って、名残惜しいけれど、律人から唇を離した。
最期に、少しだけ。
少しだけ、明かしてもいいだろうか。
『ずっと大好きでした』
それは今までの僕ではなく、未来の僕の心。
僕はこれから長い長い時を超えて、生涯をかけて、君を愛することになる。
律人。ガク。ずっと大好きだよ。
また会おう。
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