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-秋庭弓弦-ビルマの5日間⑫
運命の朝。
軍楽隊の宿舎に戻ってきた僕は、その場で拘束された。
「通報が入った。
お前が森の中で駐在の兵を襲い、カマを掘っていたとな」
僕は両脇をそれぞれの兵に捕えられ、軍楽隊の隊長の元へ連れて行かれた。
「相手は誰だ。誰のカマを掘った」
良かった。
相手が律人だということまでは伝わっていないらしい。
僕はにやりと笑って見せた。
「隊長、僕の性事情に興味がおありなのですか?」
「なんだと!?」
「僕がどんな男を好むのか、気になって聞いているのではないのですか?」
「ふざけるな!!」
隊長から鞭が飛んできた。
鞭は僕の肩に当たり、激しい痛みとなって返ってくる。
「っ……」
僕が歯を食いしばると、隊長は不愉快そうに僕を見下ろした。
「御国の外だからといって好き勝手に振る舞いおって……!
お前が毎夜抜け出していることは大目に見るつもりだったが、まさか駐在の兵に手を出すとは——
我々は同胞達を激励しに来たのであり、カマを掘らせるために連れてきたのではないッ!」
「おや、隊長。僕が掘る側だと思ったんですか?
目撃したという人は、きちんと僕の情事を見たのですか?」
わざと煽るように言う。
そうして、刑罰がより重くなるように仕向ける。
「……ッ!この際、どちらでもよい!
良いから、相手の名を吐け!!
皆が御国のため命を賭して戦う現場で、お前たちのような風紀を乱す存在を見過ごすわけにはいかないのだ!」
「ここに居る皆さん全員、禁欲しているんですか?
凄いなあ、風紀を守る為とはいえ、五日間も?
さらに駐在の兵ともなると、もう何年も禁欲しているってことに——」
「自慰と強姦を混同するなッ!」
「僕は自分一人じゃ果てることができないんですよ。人に手伝ってもらわないと」
「〜〜〜ッ!」
隊長は顔を真っ赤にし、怒りを露わにしている。
それでいい。そのまま僕に極刑を!
「秋庭——お前がこのように不真面目で、ふしだらな隊員だとは思わなかったぞ。
本国におられるお父上も、このことを知ればさぞお嘆きになるだろう」
「僕は父のことを大して好きではありませんし、父も僕にさして興味はないでしょう。
身内の話を出されても、僕には響きませんよ」
「——フン。では、お前がビルマの地で生き絶えても、日本にはお前の死を悲しむ者もいないと言うわけだ。
ならば、良いだろう……」
隊長は僕を見下ろし、こう吐き捨てた。
「お前を軍楽隊から除籍の上、罰を与える。
——南方にて目撃された敵兵達の迎撃隊にお前を任命する。
隊員は——お前ひとりだ」
僕はまだ夜も開け切らないうちに外へ放り出された。
背後には、僕が逃走せず指示された場所まで向かうよう、見張りの兵が何人か着いてきている。
この兵たちも、敵の部隊に接近してきたら、我関せずで逃げ帰るのだろう。
僕は銃を背負って茂みの中を進んだ。
どうせ、この銃で応戦する気は初めからないのだから、さっきから茂みに引っかかり続けているこれを置いて行ってしまいたい。
そんなことを考えながら南へ向かっていくと、やがて複数人の話し声が聞こえてきた。
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