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-秋庭弓弦-ビルマの5日間⑬

何語かも分からない。 顔を見ても、米兵なのか、それとも現地の人 人間なのかも見分けが付かない。 僕は、僕をこれから殺す人達にわざと見つかるよう、無防備さを装って歩いた。 『おい!日本兵だ!』 敵兵の一人が、どこかの国の言葉で叫び声を上げた。 『応援を頼む!』 『いや待て。こいつ、一人じゃないか?』 あっという間に四方を敵兵達に囲まれた。 僕は至って平静を装い、困惑するような表情を浮かべて見せた。 『なあ……こいつ、女みたいな顔してるな』 『身体つきも、腰が細くて女みたいだな。 俺、ここへ来てから暫く女を抱いてねえよ』 敵兵たちが、舐め回すような目で僕を見る。 不快だ。 『どうする?こいつ、さっさと殺すか? 生け捕って、日本軍との交渉材料にするか?』 『こんな戦力にもならなさそうな兵一人を捕まえたところで、有利なカードになりはしないさ。 それより、もっと有効活用しようぜ』 『有効活用、って?』 『こうするのさ』 突然、敵兵の一人が僕の軍服を引っ張った。 強引に引っ張られた拍子にボタンが外れる。 敵兵はサバイバルナイフのようなものを取り出すと、その鋒で僕のシャツを縦に切り裂いた。 裂かれた布の間から、肌が露出する。 「——好きにしたらいい、下衆ども」 僕が煽るように言うと、なぜか数人の兵達は股間を押さえた。 そこからは、ただの地獄だった。 軍服をズタズタに引き裂かれ、全裸にされた僕は、代わる代わる敵兵達に突っ込まれた。 己の欲求のためだけに使われ、快楽なんてものは微塵もない。 お尻だけでなく、口、臍、耳、果ては眼球にまで、穴という穴を好きに使われ、僕は途中で視力を失った。 口内には苦い液体と血の味が充満している。 そのうち、性の捌け口として楽しんでいた彼らは、別の遊びに僕の身体を使い始めた。 僕の指を一本ずつ切断し、僕がどんな反応を示すか観察し始めた。 けれど僕は、喉が刺激物のせいで潰れていたため、痛みの割に声がほとんど出せなかった。 それを面白くないと思ったのか、左の小指と薬指を切られたところで、すぐにその遊びは終わった。 バイオリニストにとって命に等しい指。 そして、結婚指輪を嵌める指—— 痛みより、それを切り取られたことの喪失感が大きかった。 もう、僕は指輪を嵌めることのできない身体にされてしまった。 それは言い表せないような虚しさ。 僕は首を絞められ、意識を手放すぎりぎりで解放されたり、髪の毛をむしり取られたりと 人が想像する、思いつく限りの痛みを味合わされたんじゃないだろうか。 致命傷が一つでもあれば、早いうちに意識を失ったかもしれないけれど、 彼らは僕が死なないギリギリを楽しんでいるようにも思えた。 どうして僕は—— こんな地獄のような展開へ、自らを導いたのだろう。 普通に生きていれば、死ぬまで経験しなかっただろう痛みと不快の限りを一身に受け、なお死ねない。 僕はとうとう反応する体力すら使い果たした。 敵兵たちは、僕が死んだと思い込み、そのまま僕を放置して去って行った。 ああ…… 僕が見た記憶の最期も、こうだったっけな。 五日前、未来に起こるすべての記憶を思い出した時、僕はこの『秋庭弓弦』の末路に言葉を失った。 いくら戦時中と言ったって、いくら大勢の人が毎日死んでいると言ったって、 こんな死に方をする人がどれくらいいると言うのか。 こんな終わり方は望んでなかった。 逃げて、逃げて、逃げ延びて。 こんな結末、どうにか避けたいと思った。 でも—— 『イオリ』として生きることになる僕の未来が、あまりにも輝いて見えたから。 正確には、二十代半ばくらいまでは苦しいことの方が多い人生を歩むことになるけれど。 それから先の長い時間を、『僕』は『彼』と生きていくことになる。 だから、この最期は…… 未来の僕が幸せになるための準備…… 「弓弦ーっ!弓弦ー!!」 僕の意識がいよいよ遠のき始めた頃、ほとんど機能していない耳の穴に、微かだけれど声が届いた。 それは僕の名を呼ぶ、最愛の人の声。 「弓弦ーっ!いたら返事してくれーっ! 俺と一緒に帰ろうー!!」 バカだな、そんな大声出したら、律人まで敵兵に見つかってしまうかもしれないだろ。 僕のことは放っておいて、引き返してよ。 僕は必死で祈ったけれど、彼はとうとう、無惨な姿になってしまった僕を探し当ててしまった。 「弓弦!?弓弦……!!」 薄れゆく意識の中、最期に僕が感じたのは、温かい腕の中で抱きしめられる感触。 「すまない……。 こんな姿になるまで、見つけてあげられなくて。 辿り着くのが遅くなってしまって——」 律人はその後何度も「すまない」を繰り返した。 自分を責めないでよ、律人。 これは僕が望んでこの結末になるよう行動した結果なんだから。 「……一緒に帰ろう、な……」 そうだね。 生まれ変わったら、一緒にお家に帰ろう。 律人——ガク。 僕は最期、頬に落ちてきた涙の冷たさと、唇に感じる柔らかい熱を感じながら——永い眠りについた。

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