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-イオリ-第二楽章①

——長い夢を見ていたような経験だった。 だけど夢じゃないことを、僕の左手薬指が教えてくれた。 「——イオリ、大丈夫……?」 僕の顔を覗き込んでくるガクと目が合い、僕は我に返った。 今日は僕とガクの結婚式。 といっても、同性同士では法律上の家族になることはできない。 代わりにパートナーシップ制度というものがあることは以前にもガクから聞いていたけれど、まさか式を挙げられるとは思っていなかった。 「タキシードは同じ色にする?それとも対になるような色にする?」 式の数ヶ月前—— ガクは情報収集の鬼となって、LGBTQフレンドリーな式場のリストを集めてくれた。 僕がガクの提案する一つ一つにコクコクと頷いているうち、式の段取りはトントン拍子で決まっていった。 「うーん……そうだな。 僕とガクは性格が正反対だから、タキシードの色も白と黒とか、赤と青とか対になればいいんじゃない?」 「えーっ。二人で白にしたかった……」 ガクは選択肢を委ねておきながら、『お揃いが良い』と返事しなかった僕に不満のようだ。 「ガクが白で揃えたいなら、それでいいよ。 観に来る人もいないんだし」 ガクは僕と違って友達が多い。 その気になれば、親戚家族、小中高大の友人グループ、会社の同僚と、色んなコミュニティの関係者を招待することだってできただろう。 だけど両親と絶縁し、他に親戚もおらず、友人も数えるほどしかいない僕を気遣って、挙式は二人きりで挙げることにしてくれた。 それとは別に後日、ガクの家族たちとの懇親会や、ガクの友人達が開いてくれるというお祝いパーティーに呼んでもらっている。 僕が驚いたのは、ガクの家族も友人も、男である僕とパートナーになったことを誰も反対しなかったことだ。 それこそガクのお父さんとは、ガクと出会ったその日に会っているけれど、 先日ガクの実家へ挨拶に伺った時には 「そうか!二人で幸せになれよ!」 なんてあっさりと僕たちのことを認めてくれた。 ガクの友人達も、何人か引き合わせてくれたけれど、見た目や話し方がチャラそうな割にみんなしっかり芯があって、揃ってガクのことを絶賛していた。 そしてガクのパートナーである僕のことも、これからは友人だと言ってくれた。 ガクの周りには温かい人たちが沢山いる。 今の僕には友達もいるし、『お義父さん』『お義母さん』と呼べる存在もできた。 そして迎えた挙式当日。 僕はチャペルの中央に立ち、白いタキシードを着たガクから、結婚指輪代わりのペアリングを嵌めてもらった。 その瞬間、すべてを思い出した。 僕の中に封印されていた前世の記憶。 『秋庭弓弦』として生き、『春木律人』と出会い、そして死んでいくまでの——そのすべてを。

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