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-イオリ-第二楽章③

僕はガクから水を少しずつ飲ませてもらい、ようやく視界がクリアになってきた。 光が差し込む、小さなチャペル。 僕のことを心配そうに見守る、神父さんやスタッフさんたち。 どれくらい気を失っていたんだろう。 もう大丈夫だって伝えないと。 僕はゆっくりと口を開いた。 「もう、大丈夫です」 そしてガクに向かって言う。 「心配かけてごめんね。 ——指輪を嵌めてもらったことが、あまりに嬉しくて……気絶してしまったみたい」 そう言って少しだけ微笑むと、ガクの目からボロボロ涙が溢れ出した。 僕がぎょっとしてそれを見つめると、ガクはタキシードの内ポケットからハンカチを取り出し、目元を拭きながら言った。 「俺、イオリが死んだように動かなくなったのを見て、本当——こっちが心臓止まるかと思ったんだよ。 意識が戻ってくれて、本当に良かった……!」 死んだように動かなかったのか。 前世の出来事を思い出している間の僕は。 「続き、できそう……? あ、無理はしなくていいからな……!?」 ガクが心配そうに言うから、僕は安心させてあげようと思って、もう少しはっきりと笑顔を作った。 「——まだガクに指輪を嵌めてなかったね。 そこから、続きをしよう?」 スタッフさんたちも、僕が平常に戻ったことを心から安堵してくれたようで、少しして先は再開された。 ガクとお揃いのプラチナの指輪を箱から出し、ガクの左手薬指に嵌めていく。 二人の指にリングが揃い、ガクは嬉しそうに頬を綻ばせた。 僕はその笑顔を見て思った。 ここへ辿り着くまでに、ガクも、僕も、とてつもない努力と遠回りをしてきたんだな。 まして僕は直前まで何も覚えていなくて、ガクは一人で奔走してきてくれたんだ。 僕のことを、そこまで愛してくれていたんだ。 両親から虐待され、唯一の味方だった祖母を失い、好きではない女性と一度婚姻関係になり、僕の人生で幸せだと思えた瞬間は数えるほどしかなかった。 それでも、その数える程の幸福——ガクと過ごした時間が、あまりにも大きくて、輝いていて。 「健やかなる時も病める時も——」 神父の言葉を噛み締めながら、僕は目の前に立つガクを見つめる。 「——愛することを誓いますか?」 「誓います」 ガクが神父の問いかけに頷き、僕に微笑みかける。 続いて、神父は僕にも同じ問いかけをしてきた。 「——愛することを誓いますか?」 僕はガクを真っ直ぐに見つめて答えた。 「ずっと愛してる、ガク」

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