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-イオリ-第二楽章⑧

僕は取り繕っても仕方がないと、正直に説明した。 「——実は両親と揉めて。 父はそれなりに名の通ったバイオリニストで、音楽界の重鎮たちとのコネクションも持っているようで…… 僕が実家から勘当された際、僕がもうどのステージにも立てなくなるようにする、と言われました」 「……そんなことが……?」 早苗さんは目を丸めている。 「はい。先日も、オファー先から急に出演の契約を白紙にされたばかりです。 バイオリニストを引退したつもりはありませんが、事実上はもう引退したも同然の暮らしを送っています」 「それは……勿体無いわね……」 早苗さんはそう呟いた後、 「ご両親と揉めた理由——聞いて差し支えないことかしら?」 と遠慮がちに尋ねてきた。 「僕が、勝手だったという話です。 僕はお見合いで結婚した女性と離婚したいと伝えました。 結婚した半年後——ずっと昔に引き離された相手と偶然再会したんです。 僕はその人と引き離されてからの五年間、ずっとその人を思い焦がれながら生きてきました。 二度と会うことができないと思っていたので、家族の勧めるまま結婚していましたが、再会したことで諦めがつかなくなり——」 ああ。自分のことなのに、こうして話していると、僕は本当に勝手だったって気付かされる。 早苗さんも引いているだろうな。 「それで——その後はどうなったの?」 「妻とは離婚しました。 妻にも結婚以前からの想い人がいたので、お互いの生き方を尊重する形で別れました。 その後、僕は——ずっと好きだった人とパートナーシップを結びました」 「パートナーシップ……」 早苗さんが呟く。 「それって——法的な夫婦となる婚姻ではない……法的に夫婦になれない人達のために作られた自治体ごとの制度よね。 じゃあ、イオリ君の想い人って——」 「男性です」 僕は肩をすくめながら答えた。 会って二回目の人に、こんな話をして引かれないだろうか。 いや、もう話し始めたところから引かれてるんだろうな。 僕はそんな風に卑下していたけれど、驚くことに早苗さんの表情には笑みが浮かんでいた。 「そう……。なるほどね。 ——ほんとそーちゃんと似てるわね、イオリ君……」 「え……?」 「あなたの想い人って『ガク君』?」 「!……どうして……」 「あのコンサートホールでの二人の雰囲気が、そーちゃんと皐月くんのそれに似てたから。 きっとそうなんだろうなあ、って思ったの」 早苗さんはニコニコしながらコーヒーをまた口に含んだ。 「話しにくいことを話してくれてありがとうね。 これで『空白の一年』の理由が分かったわ」 「……聞いて不快になるような話をしてすみません……。 結局、両親を怒らせたのは僕の勝手な行動が原因なので、ステージに立てなくなったのも仕方のないことなんです」 「まあ、ご両親との関係や、私生活について私からあれこれ言える立場にはないけれど。 でも要は、イオリ君自身の不調や気持ちの問題で演奏しなくなった訳ではないって分かって良かった」 どういうことだろう? 僕が首を傾げていると、早苗さんは大きな瞳をきらりと輝かせながら僕に言った。 「なら、ウチの事務所に所属しない? ——イオリ君が立てるステージを、私が用意するわ」

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