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-イオリ-再出発③

スポットライトに目が霞む。 ステージの上は、こんなに眩しい場所だっただろうか。 逆に客席の方へ顔を向けると、客席側は暗くてあまり観客の顔が見えない。 人の視線が気にならない方が演奏に集中できるけれど、僕は今、見つけたい人がいる。 ガク。 どこにいるのかはうまく探せないけれど、僕はガクに一番に届けるつもりで演奏するよ。 僕はバイオリンを構えると、一曲目の演奏を始めた。 『2月のセレナーデ』 如月奏の作った、最大のヒット曲。 この選曲をしてくれたのは早苗さんだった。 『あなたが弾いてくれたら、そーちゃんもきっと喜ぶわ』 正直、僕がこの曲を弾いて良いのか、最初は躊躇われた。 僕は如月奏の音楽が好きだから。 中でも一番好きなこの曲を、腕の鈍ってしまった今の僕が弾くことで台無しにしてしまわないかという不安があった。 一年前に観賞した、メモリアルコンサートでの先輩のバイオリンは見事なものだった。 僕にあの領域を目指せるかわからない、と不安だった。 けれどそんな不安を解消するには、少しでも練習を積むしかない。 ステージの上で僕を助けられるのは僕だけだ。 僕は今日の朝まで何度も何度も練習を重ねたこの曲を、精一杯奏でた。 ——演奏を終えると、会場中から拍手が起こる。 僕はちゃんと演奏できただろうか。 僕なりに、曲への敬意を払い、曲の良さを引き出せるよう最大限に努めたつもりではあるけれど—— 僕の前に演奏した人達と同じように拍手をもらえたということは、及第点ではあったと思っても良いかな……? 僕は一度深呼吸をすると、次の曲を演奏するため譜面をめくった。 すると、曲のタイトルの上に、見慣れない文字が書き足されたいるのが目に入る。 『イオリ頑張れ!客席から見てるよ』 ——こんなの、いつのまに書き込んでいたんだろう。 もう見なくても分かるくらい、昔から弾き込んできた曲だということもあって、今朝から譜面に目を通していなかった。 ガクの文字の下には、曲のタイトルが堂々と印字されている——『アヴェ・マリア』と。 僕は真っ暗な客席に向かって、ほんの僅かに微笑むと、再びバイオリンを構えた。

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