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-イオリ-再出発⑥
「海外……?ソロ……?」
僕ははじめ、早苗さんの発した言葉を飲み込めず、機械のように言葉を繰り返した。
「海外……ソロ……」
「そうよ!凄すぎるわ!!
こんな快挙、滅多にないことよ!」
早苗さん曰く、今日のコンサートには海外で活躍する著名な指揮者やプロデューサーも観に来ていたようで、
僕の演奏を聴いた誰かが、ぜひ自分の国でもバイオリンを披露してほしい、とコンサート終了直後に事務所へ連絡をくれたらしい。
「しかもオーストリアのウイーン!
音楽の都——なんと言っても、シューベルトの出身国よ!
イオリ君の演奏は、『アヴェ・マリア』の生みの親である国の人の心を掴んだのよ!!」
——人生、何があるか分からない。
ひたすら先の見えないトンネルの中を進んでいくような日々を送った、幼少と学生時代。
どんなに練習しても、両親にはまだまだ直すべきところがあると一喝され、演奏が完成することはなかった。
そんな僕が、久しぶりに出演したコンサートの直後に、次は海外で公演?
しかも、単独なんて——人は集まるのだろうか。
信じられないようなオファーを前にして、僕は喜びよりも驚きと不安でいっぱいだった。
「……僕一人の演奏を聴きに来てくれる人が、どれくらいいるか……。
それに海外ともなると、僕のことを知る人は限りなくゼロの中で……」
思わず弱音を吐くと、早苗さんは眉尻を下げて笑った。
「心配しないで。
そーちゃん——如月奏もね、彼のことを知っている人がほぼいないアメリカの地で映画の音楽制作に携わったけれど、
そーちゃんはその音楽でアメリカ国内で最も名誉ある作曲賞を獲ったから。
元々のネームバリューなんて関係ない。
演奏を聴いたら、みんなあなたの音楽の虜になるわよ」
早苗さんにそう言ってもらえると、少し自信が戻って来る。
ウイーンでの単独公演だなんて未だ信じられなくて、足元がフワフワするけれど、これは僕にとってのチャンスかもしれない。
それにコンサートで収益を上げれば、僕はガクのためにお金を稼げて、ガクにお返しをすることができる——
そしたら、二人でまた旅行にいこう。
ガクは学生時代の経験から、そして僕はガクに稼いでもらっている負い目から普段あまり贅沢をせず、質素に暮らしている。
貧困してはいないけれど、なんとなく娯楽の類をお互いに提案しにくくなっていた。
だけど海外公演がもし成功したら、まとまったお金を得ることができる。
そうしたら、大学二年生の夏——『あの日』は観れなかった星空を観に行きたい。
今度こそ、満点に輝く日本一の星空を、ガクと一緒に眺めたい。
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