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-イオリ-再出発⑩

ガクの目が見開かれた。 驚くのも無理はないよね。 僕だってこんなお願いをする日が来るとは思わなかった。 でも弓弦の気持ちを思うと、このまま隠し続けるのも違う気がした。 弓弦は、未来の世界でも『弓弦』『律人』として再会できることを願っていたから。 「……僕は、今のガクを好きになって、その気持ちはずっと変わってない。 だけど僕の中に残っている『弓弦』が、『律人』と再会したがってる。 お腹の痕は、弓弦がそのために残したものだって、分かるんだ——弓弦も僕の中の一部だから」 僕はガクの手を取って、勇気を出して伝えた。 「僕は、イオリとしてガクに沢山愛してもらえている。 毎日がとても幸せだと感じてる。 だから——僕をガクと巡り合わせてくれた弓弦にも、幸せだと感じてもらいたい。 僕の今の記憶を、弓弦に届けてあげたいんだ」 するとガクは、僕に尋ねてきたりするようなことはせず、そっと僕の左手を取った。 ガクの唇が、僕の指輪に触れる。 「——今夜は『弓弦』って呼ぶね」 すべてを悟ってくれた言葉だった。 「僕を抱いて——『律人』」 その後は——いつもと違った。 いつもは優しく、ゆっくりと抱いてくれるガクが、激しく求めてきた。 まるでビルマで過ごした最後の夜みたいに。 ガクの身体が獣のように動くから、僕もそれに応えるように反応を示した。 「弓弦……ッ」 「……律人……!」 僕たちは前世の名前で、お互いを何度も呼び合った。 弓弦に届いて欲しい。 弓弦のことも、僕と同じだけ幸せな気持ちにしたい。 「律人……、ずっと大好きだった……。 出会った時から、律人が大好きだった……!」 「俺も弓弦のこと、死ぬ時までずっと愛してた。 何十年も、弓弦を想い続けてきた……!」 「僕たち、ちゃんと日本で再会できたね」 「うん。それに——ちゃんと幸せになれた」 二人の唇が重なる。 もう、今の自分がイオリとして感じてるのか、弓弦としてなのか分からないけれど、 僕と弓弦は一つの身体を通して、ガクと律人からの愛情をもらっている。 「愛してる、弓弦」 「……愛してる。律人……」 身体の全部に触れられて、全部がおかしくなりそうなくらい気持ち良くて。 僕は『弓弦』として、感じる幸せすべてを喘いだ。 それは言葉に表せないような、とても素敵な夜で—— すべての体力を使い果たした後、僕は『律人』の腕の中で意識を手放し、そして幸せな夢を見た。 終戦後、『律人』と『弓弦』が日本で再会する姿。 ——長かったね。 ——これから先の方が長いよ。 そう言いながら、互いに手を取る姿。 僕たちは、律人と弓弦として生きた過去を背負って、これからも生きていく。 そしてガクとイオリとして、新しい未来を作っていく。 これから先の長い長い未来を、君と生きていく。

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