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-加納早苗-エピローグ③

そこからはトントン拍子だった。 イオリくんは込み入った事情があって、一年ほどステージに立てていない状況だと話していたけれど、うちのスタジオでバイオリンを弾いてもらったら、目が飛び出るほど圧倒的な技術を持った演奏を披露してくれた。 こんなに実力のある彼を、なぜご両親は今まで舞台に立てないようにしていたのか。 ここまでの力を付けるまで、彼がどれほど練習を重ねてきたのか、一番知っているのはご両親のはずなのに……。 彼の努力の結晶を、世に出さないのはあまりにも勿体無い。 私は彼をステージのトリに指名し、企画したコンサートの準備に奔走した。 今までも沢山のアーティストを発掘し、育てていたけれど、こんなに心が躍ったのはいつぶりだろう。 いつの間にか私は、音楽家を支える仕事の楽しさを思い出し、そーちゃんと過ごした日々を思い出していた。 私はイオリくんと何度も打ち合わせ、演奏する曲目を決定した。 一つは『2月のセレナーデ』。 これは私がぜひイオリくんに演奏してほしくて提案した。 彼は、『以前のコンサートでも自分の先輩が見事に演奏してみせたこの曲を、自分なんかがソロで弾くのは実力不足でおこがましい気がする』 『自分も好きなこの曲を、自分が弾いたせいで良さを壊してしまわないか怖い』 と迷っていたけれど、私はイオリくんならば誰よりも素敵な『2月のセレナーデ』を弾いてくれると確信していた。 二つ目は『アヴェ・マリア』。 グノーやカッチーニも同名の曲を出しているけれど、イオリくんにとってはシューベルト作曲の『アヴェ・マリア』が自分にとって思い入れのある曲なのだと話してくれた。 こうして、この二曲をコンサートで披露してくれたイオリくんのバイオリンは大盛況だった。 海外からも何人か音楽家を招いていたのだけれど、ウイーン出身の音楽家が『イオリくんの弾いたアヴェ・マリアは見事だった』と絶賛し、母国オーストリアで彼のコンサートを開きたい、とビジネスの話を提案してくれた。 その話をイオリくんにすると、やっぱり彼は自分の演奏に自信を持っていないみたいだった。 誰が聴いても、イオリくんが頭一つ飛び抜けていたと答えるのに、イオリくん本人はまだまだ練習をしなければ認めてもらえないという、何か強い刷り込みがあるように思えた。 だから私はイオリくんに自信を持ってもらえるよう精一杯勇気づけた。 そして、それから半年後、イオリくんはウイーンでの公演を見事に成功させてくれた。 以来、国内外でイオリくんに出演して欲しいという声が沢山かかるようになって、 そーちゃんを若い頃から知る社長は『第二の如月奏が誕生した』と喜んでいた。 ——そこから、20年近い時が流れた。 私は今は仕事を退職し、右京さんとゆっくりとした時間を楽しんでいる。 40代の今も現役のバイオリニストとして名前を轟かせるイオリくんは、コンサートの出演が決まると、必ず私に招待チケットを贈ってくれる。 そして今日もまた、私はイオリくんのコンサートを聴きに行く。 いつもは私と右京さんの二枚を贈ってくれるイオリくんに、今回はちょっとわがままを言って、四枚贈ってもらった。 私と右京さん、そして—— 皐月くん、そーちゃんの四枚分。

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