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第2話

 だいたい死神たちからして、どうすべきか悩んでいるのだ。今ここでどちらが死ぬかまでは決まっていない、ということかもしれない。それなら――――。  彬はぐっと拳を握って、二人を見据えて言った。 「あの、俺が、『たかみやあきら』です!」 『なんだってっ?』 「取り違えの可能性もあるって、今言ってたでしょっ? 絶対そうだと思う! だって俺、『たかみやあきら』なんだから! 連れていくならその人じゃなく、俺を連れてって!」  同じ名前の読みだから、もちろん昭も「たかみやあきら」なのだが、この際それは黙っておく。男たちがまた顔を見合わせ、それからぼそぼそと話し出す。 『……うーん、よくわからんが、こやつのほうがよりオメガらしいか?』 『少なくとも最初の男よりは近いな? ベータだったとしても、まあ正直、我らには関係のないことだ』 『そもそも、予定外にねじ込まれた召喚だ。二人を入れ替えてもいいんじゃないか?』 「……あの……、なんか急にものすごく、ぞんざいじゃないです……?」  そんなに雑でいいのかと思ってしまうが、広い世界の中の、人一人の死なんて、客観的に見たらこんなものなのかもしれない。コホンと咳ばらいをして、男の一人が言う。 『それでは職務を遂行しよう』 『うむ。「たかみやあきら」を連れていこう』 「わっ?」  いきなり視界がかすんだと思ったら、止まっている車の目の前に出た。慌てて家の玄関を見ると、立ち尽くした姿のままの昭が、明後日の方角を向いて立っている。  それがいい。事故の瞬間なんて見るもんじゃないし……。 『時を動かすぞ』 『承知した』  片方の男が手に何か持ってこちらに掲げる。懐中時計のようなものに見えるが、よくはわからない。盤の真ん中がキラキラと輝いている。  これからもみんなが、幸せに暮らしていけますように。  彬は心にそう願いながら、静かに目を閉じた。  不思議な格好をした二人の死神たちのおかげなのか、車とぶつかった衝撃を感じることはなかった。  閉じた瞼の裏側が一瞬虹色に光り、体がふわりと浮いたみたいな感覚があって、それから意識を失ったのだと思う。どのくらいの時間が経ったのかわからないが、目覚める感じがあったので、彬はゆっくりと瞼を開いた。 (……なんだろう、あれ。クリスタルか何かかな……?)  ドーム状になった天井から、キラキラと輝く大きなひし形の物体が吊り下げられていて、彬はその下に横たわってそれを見上げている。とても綺麗なので見惚れていると……。 「よし、召喚が完了したな! 今度こそオメガかっ?」 「……!」  視界に口ひげをたくわえた中年男性がにゅっと入ってきたので、思わず息をのんだ。  男性は先ほどの男たちよりも豪華だが、やはり時代考証のよくわからない格好をしている。そしてどういうつもりなのか、無遠慮に彬に顔を近づけて、目を覗き込むようにまじまじと見てくる。  男性の目は茶色いのだが、うっすらと星のような金色の光が宿っている。  死後の世界の住人には、こんな宇宙人みたいな目をした人がいるのか……? 「……くっ、またハズレか。なんということだ!」  彬をまじまじと見ていた男性が、わなわなと口唇を震わせて言って、天を仰ぐ。 「いったいどうなっておるのだ! またハズレのベータではないかっ! いったいいくら金貨を捧げたらオメガが現れるんだ!」 (……ハズレ、って、俺のこと……?)  なんとも失礼な言い草だが、男性は明らかに落胆した様子だ。わけもわからぬまま一方的に値踏みされ戸惑っていると、男性がさっと立ち上がり、長身をひるがえして言った。 「もう一度……! もう一度だ!」 「ダウンズ公爵、申し訳ありませんが、それは……」 「つべこべ言わずにやれ! オメガ召喚にどれだけの金を費やしたと思っている!」 「そ、そうおっしゃられましても……」 「他家の召喚枠を譲ってもらう形で、半ば無理やり召喚を行ったのです。しばらくはできかねます、公爵」  男性のほかにも近くに人がいることに気づき、頭を動かして様子を探る。  部屋の大きさは五、六メートル四方くらいだろうか。彬が横たわっているのは部屋の真ん中で、足元のほうにはアーチ状の出入り口がある。  彬の脇に立つ、ダウンズ公爵と呼ばれた口ひげの中年男性の後方には、そろいのローブ状の装束をまとった人物が数人立っていて、もう一度召喚をせよと迫るダウンズ公爵を口々になだめている。やがて大げさに嘆くように、ダウンズ公爵が言った。 「クソッ、融通の利かぬ役人どもめ! このままではほかの公爵家に後れを取ってしまう。まかり間違ってアルファの子供でもよいとなったら、あの堅物男のカーディフ公にすら負けてしまうではないか!」  よほど気に食わない相手なのか、ダウンズ公爵がぐぬぬ、とうなる。 「なんとしてもオメガを召喚し、ハイアルファを産ませなければ、我がダウンズ家はおしまいだ! 我が家にはオメガが必要なのだっ!」 (それって人種とか、何かの属性みたいなもののことなのかな?)  オメガ、ベータ。そしてハイアルファに、アルファ。  死神たちも一部口にしていた言葉だが、どういう意味だろう。  ここにいる者たちが話している会話はほぼ理解できるのに、ところどころ謎の言葉が入っている。召喚だなんて、それこそナーロッパファンタジーの世界でしか聞かない言葉だ。  そしてハズレを引いたとわかった途端にもう一度! などと言うところは、とてつもなくソーシャルゲームのガチャに近い。死後の世界が、まさかこんな雰囲気なのだとは想像もしていなかったから、驚いてしまう。 「……もうよい、どのみち夜も更けた。今夜はここまでにしておいてやる」  吐き捨てるようにダウンズ公爵が言って、こちらを一瞥する。 「だがハズレもいい加減余っている。用途もないのに子飼いにして飯を食わせるのは金の無駄だ。また奴隷市にでも売るとするか」 「っ?」  ハズレ扱いされたばかりでなく、売り飛ばされて奴隷にされるなんて、いくらなんでもひどすぎる。まるで人間扱いされていないことにも腹が立って、抗議しようと口を開きかけた、そのとき。 「……このような時間に何をなさっておられる、ダウンズ公?」  不意に部屋の出入り口のほうから、低く艶のある声が届いた。  ダウンズ公爵がびくりと身を震わせて黙り、ローブ状の装束をまとった者――役人たちもはっと口をつぐんだので、部屋に緊迫感のある沈黙が落ちる。  恐る恐る目を向けると、そこには鋭い眼光の長身の男性が立っていた。  二十代の終わりか三十くらいの、黒髪の短髪に、形のいい額と高い鼻梁の男性。男らしい濃い眉に切れ長の目をしていて、やや肉厚な口唇を引き結んだ、実に精悍な顔立ちだ。  ダウンズ公爵もだいぶ長身のように思うが、男性はしっかりと筋肉がついていることがうかがえるがっちりとした体格をしていて、部屋に入ってきただけで周りを圧倒するような風格がある。  まとっている装束が肩章のついた黒っぽい重厚なもので、重そうなマントに覆われた腰のあたりに大きな剣が見え隠れしているところをみると、このいかにも強面な男性は軍人か何かなのだろうか。 (この人も、目が金色だ)  ちらっと確認してみたら、役人たちはそうではなかった。  ダウンズ公爵とこの男性だけ、ほかとは違う人種だったりするのだろうか。 「これはこれは、カーディフ公爵! いつの間に遠征から戻られたのだ?」  余裕を見せるように笑みを浮かべながら、ダウンズ公爵が訊ねる。  その名は先ほど聞いた気がする。確か堅物男とかなんとか、忌々しそうにうなりながら言っていた。カーディフ公爵と呼ばれた男性が、抑揚のない声で答える。 「つい先ほど。ハリー殿下はすでにご就寝中でしょうし、正式な帰還の報告は明日にと考えておりますが、王宮を素通りして帰宅の途に就くのも、ブリントン王家に対し礼を欠くと考えまして」 「いつもながら殊勝なお振る舞いだ。さすがはブリントン王国軍を率いる常勝将軍だ」 「当然のことをしたまでです。それよりも、あなたはまた、立ち会いもなく召喚の儀式を行ったのか?」  至って冷静な声音だが、ダウンズ公爵の行いを責めるような口調に、役人たちがおどおどと顔を見合わせる。

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