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第3話◇桃川春季②
早朝、春季は温もりの中で目覚めた。このまま二度寝したいとまどろみかけて、目の前の肌色の壁にハッとする。
「えっ!」
恐る恐る視線をあげると、目の前に想い人の蓮の寝顔があった。眠っていても、男らしく整っている。睫毛が長いな、なんて春季は蓮の無防備な寝顔に少しの間だけ見惚れていた。
「───っ!」
ブワッと、昨夜のやりとりが蘇ってくる。春季は自分のやらかしたことに、一気に青ざめた。
蓮を起こさないようにそっと腕の中から抜け出すと、自分の身体に放った跡がないことに気づいた。後始末までさせてしまった。脱ぎ捨てたはずのスーツが丁寧に吊るされているのを見て、申し訳なさが、さらに増す。
急いで身につけようとするが、パンツが見当たらない。仕方なくノーパンでスラックスを履き、シワのよったワイシャツに、ジャケットを羽織った。チラッと蓮の様子を見たが、眠っているようだ。
こっそりと、リビングに行ってカバンを見つけて手に取ると、音を立てないようにして、急いで蓮のマンションを後にした。
既に始発が運行されている時間でよかった。春季は自分のマンションへと向かう電車に乗ると、ほとんど人のいない車内で、大きくため息を吐いた。
そっと手首を見るが、すでに縛られた痕跡は見つからなかった。そのあとの生々しいやり取りも覚えている。
春季は、これまでどんなに酔っても記憶を失ったことはない。今はどうせならスッカリ忘れていたほうがマシだったのにと思ってしまう。
「霧島に嫌われる……」
ガクリと頭を垂れた拍子に、ちくびがワイシャツにチリッと擦れた。
「んっ」
思わず漏れた声に、春季は慌てて周囲を見まわした。かなり離れているために、こちらを気にしている気配はない。ホッとした春季だったが、早く自宅に帰りたい気持ちでいっぱいだ。
ちくびがヒリヒリしているうえに、ノーパンの状態で公共の場にいることに、バレるのではないかと落ち着かなかった。春季は決してマゾヒストではない……はずだ。
「なんで、あんなこと言っちゃったんだ……」
酔っていたとはいえ、「ネクタイで縛って」なんて……と内心で自分にツッコミを入れる。
色々考え出すと叫び出したくなるので、とにかく今は無心でこの場を乗り切ることにした。
───カチャリ
自分の住む部屋へと戻ってきた春季は、その場でズルズルと座り込む。
「はぁ……やっと帰ってこれた」
帰る途中、バレやしないかと心臓が縮む思いでいた。おかげで、春季はマゾではないと確信をできたことだけが救いだ。
何とか腰をあげて、シャワーを浴びることにした。カバンをソファに置いて、ジャケットをハンガーにかけると脱衣所に向かう。
スラックスを脱ぐと、ワイシャツのボタンを外していく。擦れるたびにムズムズした感覚から解放された春季は、浴室に入った。
「うわぁ……」
自分の姿を鏡で見て、思わず声をあげる。明らかにちくびが赤く卑猥に熟れていた。それと同時に、昨夜の情事も思い出す。蓮が、こうなるまで春季のちくびを弄ったのだ。蓮のあの形の良い唇が自分に触れた。そう考えたとき、ズクンと下腹部に甘い衝撃が走る。
「思い出すな────んっ!」
頭から不埒な記憶を追い出そうと、シャワーを浴びると、水圧でちくびを刺激されてしまった。春季は自分の口から漏れた甘い声に、ひとり赤面する。
なるべく刺激しないように、シャワーを浴び終えるが、敏感になったちくびの感覚は消えてくれない。
脱衣所で軟膏をちくびに塗っていると、ひとり遊びをしているような感覚に陥る。
蓮のせいで、一夜にして性感帯に仕立てあげられたようだ。擦れるとまともに仕事もできそうにないので、絆創膏を貼った。恥ずかしさで、洗面所で見る自分の姿を直視出来なかった。
ちくびに絆創膏を貼っているなんて、バレたくなかった春季は、アンダーウェアを着てから新しいワイシャツに腕を通す。
今日は金曜日。明日はスーツをクリーニングに出そうと心に決めた。
時計を見ると、いつも起床する時間になっていた。コーヒーメーカーをセットして、トーストだけの朝食を摂ることにする。待っている間に、自然と昨夜のことを考えていた。
|桃川《ももかわ》|春季《はるき》は、同期の|霧島《きりしま》|蓮《れん》に以前から想いを寄せていた。営業部で働いてる春季と蓮は、コンビで動いている。
今回、苦戦していた案件を、春季の機転と蓮の実行力で一発逆転でもぎ取った二人は、打ち上げと称して一緒に飲みに行った。
蓮と話が弾んだ春季は昨夜、普段はセーブしている酒量を超えてしまった。
帰り道、タクシーが来るまで、蓮に抱きかかえられる形でベッタリくっ付いていた。
「きりしまー。きもちいー。」
「そのセリフ、別な状況で聞きたい」
「んー? なにかいったか?」
「なんでもない……ほら、タクシー来たぞ」
「ねむーい」
「俺ん家でいいな?」
「んー」
春季は、ぴったりくっ付いていた蓮の匂いに包まれて、幸せだったことを思い出した。ウットリとしかけたその時、トースターからチンと音がして、ハッと我に返る。
そのあとは出勤までの時間を、ふだんと変わらないように過ごして、マンションを出て会社へと向かったのだった。
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