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第5話◇桃川春季④
蓮に連れてこられたのは、焼き鳥屋だった。焼き鳥の香ばしい匂いと、客の賑やかなざわめきが聞こえてくる。カウンターで並んだ蓮はビールを頼んでいたが、春季はウーロン茶を頼んだ。さすがに昨日の今日で、アルコールを飲む気にはなれなかった。
「ここの焼き鳥好きだろ? 桃川もっと食え」
「あ、ああ」
確かにここの焼き鳥は美味しい。よく蓮とも飲みに来ていた。でも、今日の春季は食欲が出ない。
当然だ。昨夜あんな醜態を晒した挙げ句、蓮には証拠写真まで撮られている。このあと何を言われるのかと思うと、春季は好物でも喉が通らなかった。
春季は最悪の場合、仕事のコンビ解消もありうると泣きたくなった。そんな春季の様子を横目に、普段通りの蓮が少し憎らしい。なんでここに連れてこられたのか、蓮の気持ちがわからない。焼き鳥をちびちび口に運びながら、春季は浮かない顔をしていた。
「桃川。明日は休みだし、ゆっくり俺ん家で話そう」
「っ! わ、わかった」
「そんな顔するなよ。ほら、こっちも食えって」
「ん!」
蓮に口元に差し出されて、春季は思わずパクリと食いついてしまった。わざわざ串から外して箸で食べさせるのは、蓮の気遣いだろう。もぐもぐと口を動かす春季を、蓮は楽しそうに眺めている。うん、ぼんじり美味いな、なんて思ってしまった。
本当に普段通りの蓮の態度と話に、春季は何とか相づちをうつのがやっとだ。さっき見せられた写真の衝撃が、どうしても頭から離れない。
春季は普段の半分食べたあたりでとうとう音をあげる。
「霧島、話があるんだろう?」
春季の力無い言葉に、蓮は春季の思い詰めた表情を見て苦笑しながら答えた。
「ああ、桃川。そんなに思い詰めるなよ、大丈夫だから」
蓮は春季の頭をくしゃりと撫でた。蓮の「大丈夫」がとても優しく聞こえて、春季は少しだけ肩の力が抜けたのだった。
蓮のマンションに招き入れられると、ソファに座るように言われた。春季が大人しく言うことを聞いて座ると、蓮は「ちょっと待ってて」と言ってキッチンに向かった。
蓮の匂いでいっぱいのこの部屋にいると、春季は今朝の混乱が蘇ってくる。迷惑をかけたのに、昨夜の件に関して何も謝罪していない。
蓮がカフェオレを作って春季に持ってきた。自分はブラックを飲むらしい。春季も普段はブラックを飲む。でも疲れた時はカフェオレにしているのを、蓮は知っていたのだ。このちょっとした気遣いに、春季は少しずつ惹かれていったのだ。
昨夜の失態に混乱して、何も言わずに帰ってしまったことが申し訳なくて、春季は蓮に謝った。
「今朝はごめん……ものすごく迷惑かけたのに、パニックになって、何も言わずに帰ってしまった」
「ちょっとショックだったのは確かだな。俺は、仲良く朝メシを一緒に食いたかったよ」
蓮が苦笑しながらそう言った。
「あ、あんな醜態を晒して、どの面下げて平然としてられると思う? オレはそこまで心臓強くないんだよ」
「うん、桃川は繊細だからな。でも、俺は無かったことにする気はないから」
春季はギクリとした。確かにあんな酷い迷惑をかけておいて、知らないフリなんて都合が良すぎる。みるみる顔色の悪くなる春季に、蓮が心配げに声をかける。
「桃川、大丈夫か? 体調でも悪いのか? そういえば食欲なかったな」
春季の額に、少しだけ冷んやりした蓮の手のひらが触れる。春季は泣きそうな声音で蓮に祈るように呟いた。
「嫌いにならないで……」
「桃川?」
「ごめんなさい……おねがいだから、オレのこと……きらいに、ならないで」
震える両手でカップを掴んでいた春季から、蓮は怖がらせないように、そっと受け取るとテーブルに置いた。向かい側に座っていた蓮は春季の隣に座る。春季の頬を両手で包むと視線を合わせてきた。涙の溢れかけている心細げな春季の表情を見て、親指で涙を拭った。
「俺が、桃川を嫌いになるなんてありえない」
キッパリと言い切った。じっと春季は蓮を見つめる。ゆっくりと、言われたことを咀嚼した春季は、クシャリと顔を歪ませた。
「嘘だ。あ、あんな醜態見たのに、そんなわけない。霧島は優しいから、そう言ってくれるだけで、本当はあきれてるんだろ?」
「俺はすごく可愛いと思ったよ。酔った桃川は可愛かった」
微笑んだ蓮は、春季にそう言い聞かせる。それでも信じきれていない春季に、ニヤリと笑って艶のある声で蓮は言った。
「そうじゃないと、桃川のちくびがあんなにいやらしくなるまで、可愛がるわけないだろ?」
「なっ!」
「ああ、そうだ。まずは手首を見せて? 傷付けないように気をつけたつもりだったけど、確認させてくれ」
そう言って春季の両手首を掴むと、蓮はケガをしていないかジッと観察した。春季は肌に直接触れられてドギマギしてしまう。平気だと一言言えばいいのに、言葉が出てこない。
「良かった。跡は残ってないな……次はコッチ見せて?」
「───っ!」
蓮は手のひらでするりと春季の胸元を撫でる。びくんと春季は身体を震わせた。
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