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第7話◇霧島蓮②
マンションの扉の閉まる音に、蓮はため息を漏らした。
「春季……」
繊細な春季を傷付ける気持ちは、これっぽっちもない。だからといって逃すつもりもない。じっくり春季の心を手に入れてから、捕まえるつもりだったのだ。
昨夜は思いがけずに、春季が蓮の元へと堕ちて来た。その幸運を無下にする気はない。
今朝だって、春季が起きた時に引き留めようと思えば出来た。
というか、逃げられないようにしたつもりだった。
まさか、春季がパンツを履かずに帰るとは思わなかった。せっかく隠したのに、そこまで慌てて帰ってしまうとは。
「あのパンツ、宝物にしよう」
蓮はニヤリと笑って、寝室へと向かった。スーツを脱いで、部屋着に着替える。
途中、ネクタイを手にして、昨夜の可愛かった春季を思い出して、フッと笑みがこぼれる。
今朝、会社で挨拶したときの挙動不審な春季に、記憶が残っているのかどうかわからなかった。
しかし、こちらを意識して、チラッと見た視線がネクタイで止まったときに、覚えていると確信したのだ。仕事中なのに思い出したのか、春季が色っぽい表情を見せたときは、蓮の心臓がドクンと跳ねた。
それでも、ときおり見せる不安げな春季の視線に、こちらも嫌ではなかったとわからせるために、ボディタッチしてみせたりはしたのだ。普通、嫌なら避けるだろう。そもそも手を出したりしない。そんなに心配するなと言いたかった。
午後は、いつもの調子を取り戻した春季を見て、蓮はホッとした。帰りに春季の好きな焼き鳥に誘おうと決意した。
でも、なんとなく逃げられそうだ。今、ちゃんと話しておかないと、有耶無耶にされてしまいそうな気がして、蓮は奥の手を使うことにした。
淫らでそそる春季の姿。蓮の精液を浴びていると考えるだけで身体が熱くなる。削除することになるだろうが、ホンモノの春季を手に入れるためだ。春季を怯えさせてしまうかもしれないけれど、フォローはしっかりしようと心に決めて、終業まで頭を切り替えることにした。
「桃川、ちょっといいか?」
春季が早々に帰宅しようとしていたのを、蓮は捕まえた。小会議室に春季を連れてくると、ちょっと警戒されたのが面白くなくて、意地悪をしてしまう。
平均身長はあるが、細身の春季の肩を掴むと逃げ出せないようにして、耳元で忘れていったパンツのことを匂わす。驚いた春季に追い討ちのように、スマホを操作して、昨夜の痴態を見せつける。綺麗な二重の目を見開いた春季は息を詰めた。ちょっと追い詰めすぎたかと思ったが、ここで逃がすつもりはない。
「これから一緒にメシ食いに行こう……な?」
蓮はニヤリと笑って見せると、戸惑いながらも春季は頷いてくれたのだった。
春季の好きな焼き鳥屋に来たが、酒は飲まないと固辞された。まぁ、昨日の今日で飲む気になれないのは仕方がないだろう。普段は美味しそうに食べる春季がちびちびと食べる姿を見て、やはり追い詰めすぎたと反省した蓮は、さりげなく春季の世話をする。
串から外したぼんじりを春季の口元に持っていくと、雛鳥のように素直に口を開けた。可愛い。ほんの少し春季の表情が和らいだことに、蓮はホッとした。それでも、普段の半分ほど食べたあたりだろうか? 思い詰めた表情の春季が蓮に言った。
「霧島、話があるんだろう?」
蓮は追い詰めすぎたかと内心思った。大丈夫だと春季を安心させるために、優しく穏やかな声で返事をする。くしゃりと頭を撫でると、柔らかな春季の髪が手に心地良くて手を離せない。いつか、風呂上がりの春季の髪をドライヤーで乾かしてみたいな……なんて思っていると、春季の肩から力が抜けていくのがわかった。
蓮は春季を自分のマンションに連れていくことにした。
───カシャン
蓮が自分の部屋に春季を招き入れるとオートロックが掛かった。自分のテリトリーに春季を連れ込んだ蓮は、まずは春季をソファに座らせて休ませる。
ちょっと待っているように言うと、あまり食欲のなかった春季のために、カフェオレを飲ませることにした。ふだんはブラックだが、疲れた時にはカフェオレを好む春季のために、ミルクたっぷりにしてやろうと思った。自分の分と二人分のコーヒーをセットする。
出来上がるまで春季の様子をじっと見ていた。またなにか考え込んでいるようにみえる。今朝のことでも思い出して、グルグル考えているのだろう。
コーヒーができあがると、カップをふたつ持って春季の元へと向かった。カフェオレを春季に手渡すと、一瞬ふわっと表情が和らいで、小さな声で「ありがと」と言った。
蓮は自分のカップを持ってテーブルを挟んで向かい合ったところに座る。春季がひとくちコクリとカフェオレを飲むとホッとため息を吐く。両手でカップを包み込むと、また何かを考え込んだ。
蓮はそんな春季を静かに見守っていた。こちらから話しかけてもいいが、春季のことを待つことにする。
「今朝はごめん……ものすごく迷惑かけたのに、パニックになって、何も言わずに帰ってしまった」
春季が震える声で絞り出した言葉は、安易な慰めより、ほんの少し本音を混ぜて返事をした方がいいと思った蓮は、朝は一緒にご飯を食べたかったことを軽く話した。気に病んでほしいわけじゃないから。
それでも自分を責める春季に、蓮は昨夜のことをなかったことにはしないと、自分の考えをハッキリと伝えた。
「嘘だ。あ、あんな醜態見たのに、そんなわけない。霧島は優しいから、そう言ってくれるだけで、本当はあきれてるんだろ?」
「俺はすごく可愛いと思ったよ。酔った桃川は可愛かった」
信じきれない春季に、蓮は事実を突きつけてやる。
「そうじゃないと、桃川のちくびがあんなにいやらしくなるまで、可愛がるわけないだろ?」
蓮の口から昨夜の赤裸々な言葉を聞くと、春季は絶句してしまった。
「ああ、そうだ。まずは手首を見せて? 傷付けないように気をつけたつもりだったけど、確認させてくれ」
昨夜気をつけていたが、万が一傷付けていたらと気になっていた。
「良かった。跡は残ってないな……次はコッチ見せて?」
「───っ!」
蓮はちくびもかなり執拗に嬲ってしまったことを気にしていた。ワイシャツの上からするりと春季の胸に手を這わせる。すると、春季が慌てて隠そうとする。
春季をじわじわ追い詰めて、脱がせることに成功する。しかも蓮の手で。
アンダーウェアを着ていたのは、やはり今朝は腫れていたのか。春季が羞恥からゆっくり捲り上げていくのを、蓮は焦らされているようで、少し楽しんで眺めていた。そして現れたのは……思わず感嘆の吐息が漏れる。
「……ちくびに絆創膏はエロいだろ」
「だって、今朝はヒリヒリしてたから」
「剥がすぞ」
「ん」
蓮は状態を確認するために、絆創膏を慎重に剥がしていくと、淡い色をした慎ましいちくびが現れた。
「可愛いちくびだな……また育ててやるからな」
「ひゃん!」
蓮は春季の可愛いちくびにキスを落とした。
ここで春季が、写真のことを思い出したようだった。だいぶ元気を取り戻した春季とじゃれ合うような会話をしたあとで、春季が安心できるように目の前で写真を削除した。
写真は別にいい。また、いやらしくて可愛い春季の姿を見せてくれるのなら。
ちょっと攻めすぎて怒らせてしまったが、本気で嫌がっていたわけではないのは、来週のデートの約束に喜んでくれたことでわかる。
春季の帰り際に額にキスをすると目元を赤らめて照れていた。可愛い表情に蓮も微笑む。
閉じた扉の前でしばらくじっとしていた蓮だったが、ウットリと独りごちた。
「春季、可愛い……パンツをオカズに使わせてもらおう」
蓮はその夜、春季を想って抜いた。
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