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第12話◇桃川春季⑨
「ん……」
春季は、カーテンの隙間から差し込む朝陽と、温かい人肌に包まれて目を覚ました。
最初の頃は、目覚めるたびに同じベッドで朝を迎えることに赤面していたが、今では擦り寄り甘えてしまう。
蓮の匂いに幸せを感じながら、厚い胸板に、ちぅっと吸い付いて、うっすら付いたキスマークに満足気に見つめた。春季の頭の上で喉で笑いながら、蓮に春季は抱きしめられる。
初めて身体を重ねてから、三ヶ月が経っていた。
蓮に熱心に育てられたちくびは、立派に性感帯となっていた。小さかった蕾は、ふっくらとして蓮の愛撫を今か今かと期待しているようだ。
「おはよう、春季。朝からお誘いか?」
「蓮、おはよ。だぁめ。デートの約束忘れたの?」
「まだ、時間はある」
「あんっ♡」
朝から二人は愛し合うと、一緒にお風呂に入ってじゃれあった。
仕事も順調で、公私ともに怖いくらいに幸せだ。蓮からの愛情を疑う余地はない。
そう思うのに、春季はほんの少しの引っかかりを覚えていた。自分でも馬鹿げていると思うのだが、ささくれのように気になって、不意にツキリと痛むのだ。
春季はデートを終えて自宅マンションに帰ると、ため息をひとつ吐いた。
「よし、次のデートで言おう」
春季は、自分から動くことに決めた。
しかし、週明けに、この些細な気がかりが春季を激しく揺さぶるとは思わなかったのだ。
「桃川、今日のクライアントとのアポイント、午後二時だったな。準備バッチリ?」
「当然だろ。霧島も頼んだよ」
「まかせろ。今回も成功させるぞ」
春季は、蓮と視線を合わせて頷いた。二人なら、きっと今回も成果をあげられる。春季はそう思った。
「本日は、お時間頂きありがとうございました。次回は今回の話し合いで出た件について、詳細をまとめて参ります」
「いやぁ、知人に紹介してもらっていたから、安心はしていたけど、二人とも若いのに話に聞いていた以上に頼りになるね。今後ともよろしく頼むよ」
「ご期待に添えますように、頑張ります」
新規のクライアントとの打ち合わせを終えて、手応えを感じながら春季と蓮が自社へと帰る時だった。
「蓮 !」
一人の女性が、背後から声をかけてきた。春季と蓮が振り返ると、黒髪ストレートを背中まで下ろした、自信に満ち溢れているような美人がいた。カツカツとヒールの音を響かせながら、こちらに笑顔を向けてやって来る。
「真矢?」
蓮が驚いたように、その女性の名前を呼んだ。
春季の心臓がドクリと、嫌な音をたてる。
「久しぶりね! 大学卒業以来かしら?」
「そうだな。真矢は確か赴任先が地方じゃなかったか?」
「先月からコッチに戻ってきたのよ。ふふ、すごい偶然」
ごく自然に名前を呼びあって、親しげに話している。二人の距離も近い。蓮の大学時代なんて春季は知らない。
なんでもない風に取り繕っているが、春季の胸は、ドロドロとしたものが渦巻いていた。蓮が、気を許しているのがわかる。春季の知らない蓮を、彼女は知っているのだ。
「おっと、悪い。桃川、彼女は杉本真矢。俺と同じ大学だったんだ。真矢、彼は桃川春季。同 僚 なんだ」
「はじめまして。同 僚 の桃川です」
「はじめまして、杉本です。急に呼び止めて申し訳ございませんでした。ねぇ、蓮。今週末にでも久しぶりに飲み会しない? 高橋くんに声をかければ、当時のメンバー集まるでしょ?」
「ああ」
「私、声かけておくから、またね」
彼女は、自然に蓮の腕に触れると、その場を去っていった。
蓮も驚いた様子がないことから、当たり前のことなのだろう。何より紹介される時に「同僚」の言葉に傷ついた。クライアントの会社だ。仕事中なので当然のことだ……なのに胸が苦しい。
「桃川? どうした?」
「……何でもないよ。早く会社に帰ろう」
そう言って春季は先に歩き出した。
───蓮の顔を見ることはできなかった。
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