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第14話◇桃川春季⑪
翌日、春季が杉本と蓮のことで、不安定な気持ちで作成した書類に、凡ミスがいくつか見つかり、提出前に急いで修正した。蓮は「珍しいな」苦笑していたが、理由を知られているから余計に恥ずかしかった。
「もし、大きなミスしてたら、申し訳なくてコンビ解消してもらってたかも……」
「ばーか。そんなこと絶対しないからな。俺の相方は桃川だけだから」
「霧島……」
蓮の言葉に力をもらって、その日はしっかりと仕事ができた。カフェオレの差し入れも嬉しかった。
数日後、春季と蓮が会社帰りに夕飯を食べてる時に週末の飲み会の誘いが蓮にきたが、大事な用事があるとキッパリ断った。
「本当に良かったの?」
「俺、春季より大事な用事はないから」
蓮の言葉は、春季をいつもときめかせる。公私ともに蓮がいなくては、いられなくなってしまった。
「週末に蓮に言いたいことがあるんだ」
「今じゃダメなのか?」
「週末がいい」
「わかった。春季がそうしたいなら」
「ありがとう」
春季が微笑むと、蓮も優しく笑った。
金曜日、クライアントの元から直帰予定の春季と蓮の背後から、大声で女性に呼びとめられた。春季は既視感を覚えて身構える。
「蓮! 今日の飲み会に来れないってホント? 私、楽しみにしてたのに!」
クライアントの会社に勤めている杉本が、帰り間際に蓮を見つけて、わざわざ追いかけて来たのだ。春季には目もくれず、蓮に食ってかかる。
「大事な用事があるんだよ。他のメンバーは揃ってるんだろ? なら、俺がいなくてもいいだろ」
「なぁに? 彼女にでも反対されたの? そんな心の狭い女なんてやめときなって。あ、私いまフリーなの。良かったら付き合ってあげるわよ」
春季は思いっきり心が抉られた。心が狭いと言われて、確かに蓮の旧交を温める邪魔をするなんて、そう言われても仕方がない。しかも杉本は蓮を狙ってるようだ。
「……あ、オレ先に帰る」
「待て。俺も帰るから。杉 本 、俺の意思で断ったんだ。お前になんと言われようと関係ない。俺には心に決めた人がいる。大切な人を傷つけることは許さない。じゃあな」
ポカンとしている杉本に冷たい視線を向けたあと、蓮は彼女に興味をなくした様子で、そっと春季の背に手を添えて駅の方へ促した。
春季が情けない顔をしているのを見て、蓮は背中をポンと軽くたたく。テイクアウトで夕食を二人分買うと、そのまま肩を並べて当初の予定通りに蓮のマンションに向かった。春季をいたわる蓮の気持ちが伝わってくる。
「春季」
「ん?」
「手ぇ繋いで歩く?」
「ばぁーか」
蓮に手を繋がれそうになって、慌てて離れた春季だったが、本心では誰の目も気にせずそうしたい。
「……誰も、見てなかったらいいけど」
「よし、じゃあ約束な」
蓮が悪戯っぽく笑った。それにつられて春季も笑顔になる。
「やっと笑った」
「……ごめんね。心配かけて」
「春季は仕事の時みたいに、いつも堂々としてろ……まあ、その儚げな感じも魅力なんだけどな」
「なっ! 儚いってナニ?」
そう言っているうちに、蓮のマンションに着いた。二人きりのエレベーターの中で、手を繋がれて照れてしまう。とっくの昔にもっと深く繋がっているのに、些細なことで胸がときめくのだ。
部屋に入るとうがいと手洗いをしたあとで、夕食を温め直す。蓮が缶ビールを二本持ってくると、一緒に食べ始めた。
「今日も春季のおかげで、スムーズに話が進んだな」
「蓮が、うまくクライアントの興味を惹きつけたんじゃないか」
「ほら、俺たちのコンビは最高だろ? 他の奴とは、ここまでうまくいかないって」
「うん、ありがとう」
缶ビールをカツンと当てると、二人でゴクリと飲んだ。こうやって蓮は、春季を引っ張っていってくれる。
もちろんいつかは、先輩たちのように新人育成をする側にまわるのだろうけど、しばらくは二人でどんどん仕事をしたい。
「春季、風呂先に入って。お 仕 置 き のこと、忘れてないよな?」
「う、うん……オレも前に言ったと思うけど、蓮に伝えたいことがあるんだ。お風呂から戻ったら、その前に聞いてくれる?」
「別れる以外なら」
「ふふ、それはないよ。じゃあお先に」
春季はそういうと、脱衣所に向かったのだった。
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